「量を知る」と言う題で、ある新聞に「ひろ
さちや先生」(本名:増原良彦・東京大学文学部卒・仏教研究家・宗教評論家)の次の様なコラムが掲載されていた。『お釈迦様がコーサラ国王(美食家であり、肥満体であった波斯匿王―はしのく王・プラセーナジット王)に対し、その肩で息をしながら歩く姿を眺めて、「人はよく注意して、量を知って食をとるべし。さすれば、苦しみ少なく、不老長寿を保つなり」と言われ、それを聞いて王は教えを守りスリムになった。』また、『ダイエット(Diet)という英語の語源は、ギリシャ語の「ディアイタ」で「生き方」「生活方法」といった意味である』と記されている。(ちなみに、三省堂新クラウン英和辞典では、「日常の食事、常食」と記載されている。)
すでに紀元前6世紀頃にお釈迦様により、食生活のあり方について説法されている。
さて、我々「栄養士」の英訳はどうであろう。これも調べてみた。Dietitianと記されている。浅学な私はハタと考えた。今、巷ではダイエットの語意を間違いなく「痩せるための食事」として使用している。千歩譲っても「太らないための食事制限」である。
町を歩いていても、電車の中でも、若い女性は勿論、男性も「あの好きな洋服が着れなくなるといけないからダイエットしているの・・」「ベルトの穴が2個ずれたからダイエットしているんだ・・」とダイエットが飛び交っている。おそらくダイエットを「食事制限」としか考えていないからだろう。我々栄養士は、人の健康の維持増進を基礎として、疾病の一次予防・二次予防・三次予防のため栄養・食事のマネージメントをする専門職種であるはずである。個々人に合った食生活(栄養・食事)の実践を通じての生活全体の適正化が、真のダイエットであるはずである。
「食べ放題・飲み放題を好む過食家」と「痩せを美とするサプリメント愛好家」。食は美味しく・楽しく・適量いただく物である。どうみても狂っているか、ズレているとしか言いようがない。食事制限のみをダイエットと考えるからおかしいのであり、成果が上がらないのである。また、この頃「栄養には興味があるが、栄養士には興味も関心もない」といった風潮にはなっていないだろうか、悲しいフレーズである。
「健康増進法」が施行され、また「食育基本法」が審議されているが、いずれも「食」を通じた栄養管理および生活全体の見直しを示唆されている。これらは管理栄養士・栄養士が責任をもって担当すべき領域である。社会に貢献できる管理栄養士・栄養士を目指して切磋琢磨したいものである。
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