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大規模災害の経験を、行政で働く管理栄養士としての糧に変える

トップランナーたちの仕事の中身#085

磯部澄枝さん(新潟県南魚沼地域振興局健康福祉環境部、管理栄養士)

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 2004年10月23日に発生し、最大震度7を記録した新潟県中越地震。災害支援における管理栄養士・栄養士の役割が現在ほど明確化されていない当時、磯部澄枝さんは、行政の栄養士がするべきことを模索しながら支援活動を行いました。その経験と反省から得たもの、目指すべき行政で働く管理栄養士・栄養士の姿を伺いました。

公衆衛生の最前線で活躍

 1999年、新潟県に管理栄養士として入庁以来、行政の管理栄養士として公衆衛生の第一線である保健所で活躍する磯部澄枝さん。2022年からは、2度目の配属となる新潟県南魚沼保健所(以下、南魚沼保健所)で県民の『健康寿命の延伸』および『健康格差の縮小』を目指し、精力的な取り組みを続けています。
 現在、南魚沼保健所の管理栄養士は磯部さん1人。しかし、その業務は『健康立県プロモーション事業』、『自然に健康な食事ができる環境づくりに関すること』、『地域食育充実事業』、『特定給食施設等指導事業』、『地域・職域連携推進事業』、『慢性腎臓病・糖尿病対策(重症化予防対策)』、『人材育成』と多岐にわたります。
 取材で南魚沼保健所に伺った日は、人材育成事業の1つである『公衆栄養学臨地実習』の講師として、新潟県内の大学で栄養学を学ぶ大学3、4年生6名に『災害時における栄養・食生活支援活動』をテーマに講義と演習指導中。行政で働く管理栄養士・栄養士がどのように地域の健康・栄養課題を把握し、課題解決に向け政策・施策を立案していくかを論理的に解説しながら、磯部さん自身が直面した2004年の新潟県中越地震、2007年の新潟中越沖地震の経験も語られていました。

被災経験をガイドラインに生かす

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 新潟県中越地震は、磯部さんが県立福祉施設、新潟県新発田保健所の勤務を経て、初めて本庁(新潟県福祉保健部健康対策課)の配属となった年に発生しました。
 「発災当初は、震源地の中越地方に住んでいた職員はすぐには出勤できず、1人で対応しなければならない場面もあり不安でした。新潟県では1995年の阪神淡路大震災をきっかけに、地域防災計画に、「栄養指導対策」が位置付けられており、活動時には新潟県栄養士会と連携して栄養指導班を設置することが明記されていましたが、具体的な活動内容は決まっていませんでした。被災直後は事務的な調整に手間取ったり、被災地の状況が把握できなかったりと物理的にも精神的にも限界ギリギリ。先輩管理栄養士や地域の栄養士とともに手分けして避難所へ出向き、食事提供の状況を把握し、高齢者や糖尿病等の生活習慣病により個別支援が必要な被災者を巡回する栄養指導班を設置するまでに約3週間を要してしまいました。この被災は今でも忘れることのできない反省の多い経験でした」
 被災状況が落ち着いてくると、磯部さんの気持ちにも変化が表れます。「大規模被災は誰もが経験できるわけではない貴重な経験なのだから、行政で働く管理栄養士として生かさなければと思うようになったのです」
 新潟県は2005年、活動の振り返りを含めた検証と、管理栄養士・栄養士が迅速に支援活動をするためのガイドラインづくりに着手する。被災経験を持つことが決め手となり、中心となったのが磯部さんでした。

新しい出会いを学びに変える

 ガイドラインづくりの第一歩として、被災地で支援活動を行った方との意見交換会を開きますが、そこで磯部さんは予想外の意見を耳にします。
 「給食管理施設の栄養士の『被災して困っていたときに保健所から支援がなかった。声だけでもかけてもらいたかった』という意見です。栄養士の職種の特徴として病院、特別養護老人ホーム、保育園といった給食管理施設で働く栄養士は、行政で働く栄養士よりも圧倒的に多数です。被災当時は目の前のことに手いっぱいだったとはいえ、給食施設からの本音の指摘は心に突き刺さりました。この声を無駄にしてはいけない、ガイドラインでは被災地支援はもちろん、給食管理施設支援にもしっかり対応できるマニュアルづくりを目指さなければと肝に銘じました」
 被災経験は一般財団法人日本公衆衛生協会による地域保健総合推進事業(厚生労働省委託事業)の検討会メンバーに被災経験がある行政の管理栄養士として声がかかるという新しい挑戦も呼び込むことに。地域保健総合推進事業の目的は、全国規模の調査研究事業等を行い、地域保健サービスの客観的なニーズの把握や妥当性の検証、地域保健活動の成果の普及を行うことです。
 「2008 ~ 2012年の5年間、全国版の災害時の栄養・食生活支援活動ガイドラインの作成や災害時の支援体制を整えるプロセスづくり等を検討会メンバーと取り組みました。全国の行政栄養士のエキスパートである先輩方と仕事をすることで、実は新潟県は地域防災計画に栄養指導対策が明記されていたり、新潟県栄養士会と活動協定が結ばれている等、先駆的な県であることを知りました。また、人材育成体制や産業等新しい分野との連携について推進する余地があるのではないかといった自県の強みと弱みを考える機会にもなりました。マネジメントや議論の仕方、課題の焦点の当て方等、日ごろの業務に生かせる学びも多く、このときの経験があるからこそ、今の自分がいると感謝しています」

行政で働く管理栄養士・栄養士として目指したい姿

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 くしくも被災というつらいできごとをきっかけに、行政で働く管理栄養士・栄養士の役割を模索することから始まり、率直な意見や尊敬できる先輩たちとの出会いを一つひとつ力に変えてきた磯部さんには今、目指したい明確な姿が3つあるといいます。

(1)『政策(施策)立案し、マネジメントする』
 「地域全体を見て、公衆衛生におけるジェネラルな視点で課題に関する仕組みをつくっていくことが必要です。思い付きではなく科学的根拠に基づいて政策立案することが求められますし、PDCAサイクル(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Action=改善)を回すことで県民に納得してもらえる説明ができるようになることが目標です」

(2)『地域に寄り添い関係機関や関係職種と連携・協働し、施策を推進する』
 「地域の課題を知らなければ政策立案はできません。医師、保健師、薬剤師、介護支援専門員、言語聴覚士等の関係職種や産業分野等新しい分野と連携するため、研修会や意見交換会等に参加して管理栄養士・栄養士に求められているものを探すことから始め、どういった情報を提供すれば他職種や関係機関に役立つのかを考えることが大事だと思います」

(3)『各職域にいる管理栄養士・栄養士の強みを生かす』
 「以前の上司(医師)の『管理栄養士・栄養士は、乳幼児から高齢者まで各ライフステージに関わることのできるジェネラルな職種』という言葉をよく思い出します。地域を俯瞰すると、各ライフステージに携わる管理栄養士・栄養士がいて、その中には強力な味方となってくれる人が必ずいます。そういう方と早く出会うことで、活動が波及し、職域を超えてつながることを目指しています」磯部さんは、2022年から全国保健所管理栄養士会会長として、全国の都道府県および保健所設置市の保健所管理栄養士の人材育成にも努めています。
 「1人配置の行政栄養士を孤立させないネットワークづくり、研修会等を企画・運営しています。行政栄養士のスキルを1人で習得するのはとても大変です。育成の体制や仕組みをつくることで住民の健康と幸せに貢献できる実力のある管理栄養士・栄養士を育成していきたいです。生産年齢人口の減少が課題となる中、私も行政栄養士として将来を担うこどもたちを支援するためにも子育て世代へのアプローチをはじめ、誰一人取り残さない栄養政策の実現のために、新たに生活困窮世帯に対する食育支援にも他職種や関係機関、地域の管理栄養士・栄養士等、皆さんの力を借りながら取り組んでいきたいです」

プロフィール:
1995年北里大学保健衛生専門学院栄養科卒業、2021年新潟医療福祉大学大学院医療福祉学研究科修了(修士)。1999年新潟県庁に入庁し、県立福祉施設、本庁県内各保健所を経て2022年より現職。2008~2017、2021~2023年に地域保健総合推進事業(日本公衆衛生協会)研究会メンバー、2022年度から全国保健所管理栄養士会会長を務める。公益社団法人新潟県栄養士会所属。

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