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栄養士業務と研究を両立、臨床発信の基礎データ構築を目指す

トップランナーたちの仕事の中身#086

川瀨文哉さん(愛知県厚生農業協同組合連合会足助病院栄養管理室、管理栄養士)

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 川瀨文哉さんは高齢化が進む地域の医療現場で管理栄養士として働きながら、実務と研究を両立させ、論文発表、数々の賞を受賞する等成果を上げています。中山間地域の病院で、なぜ研究を続けるのか。両立する中で見つけた大切なこと、目指すものは何なのかを伺いました。

病院勤務と研究を両立

 川瀨文哉さんが勤務する愛知県厚生農業協同組合連合会足助病院(以下、足助病院)は、豊田市から路線バスで小1時間の中山間地域に位置します。この地域は近年、少子高齢化が進み、高齢者率は40%を超えており、この地で70年以上地域医療を担ってきた足助病院は、コミュニティーの一部として地域に寄り添った活動も積極的に展開しています。
 「私が目指しているのは、患者一人ひとりと丁寧に向き合いながら信頼関係を築き、QOLを高める手伝いをしながら長く寄り添っていく管理栄養士です。就活の際に、当時の栄養管理室室長から『患者の最期を見届けることのできる病院だよ』と言われ、自分の性格に合っていると思いました」と川瀨さん。
 当時の川瀨さんにはもう1つやりたいことがあったといいます。
 「臨床研究と論文作成です。大学院前期課程在籍中に2人の恩師からマンツーマンで指導を受ける機会に恵まれ、データ解析のプログラミングや、論文を英語で読める、書けるといったスキルを身に着けることができました。管理栄養士としての臨床経験を研究に生かし、エビデンスのあるデータを現場にフィードバックしたいという思いがありました。高齢化の先進地域で医療をしている足助病院でこそできる研究もあり、大きな病院でなくても研究を実施できることを示したかったのです」
 その強い思いから、病院業務の傍ら足助病院の入院患者を対象に研究を実施。そして、日本人高齢者向けの安静時エネルギー消費量の予測式を作成し、これらの研究は、2023年に英語論文として国際誌『Nutrition』、『European Journal of Clinical Nutrition』に掲載されました。また、高齢者安静時エネルギー消費量の研究等で2023年特定非営利活動法人日本栄養改善学会奨励賞、第70回日本栄養改善学会学術総会若手研究発表賞最優秀賞、第26回日本病態栄養学会年次学術集会YIA(Young Investigator Award)の受賞というかたちで結実します。
 「安静時代謝の測定には134人の入院患者さんに協力いただきました。一晩絶食した状態でないと測定できないため、朝食前の午前6時30分から準備をはじめて7時30分までかかります。栄養管理業務をしながら1人で全員の測定をするのは時間のやりくり、体力ともに大変でした」それでもやり遂げられたのは、「医師、看護師、言語聴覚士等の10人近いスタッフが共同研究者として手伝ってくれたから」と振り返る川瀨さん。
 「私が研究を続けられるのは病院スタッフの理解と協力があってこそです。でも、入職直後の自分にはそのありがたさが分かっていませんでした。あのまま気付かずにいたら、研究はおろか院内の栄養管理業務もうまくいかなかったかもしれません」

病院全体で栄養管理への関心を高める

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 川瀨さんの気付きとなったのは、当時の副院長(現院長)からの注意がきっかけでした。入職して間もなく「研究がやりたい」と伝えた川瀨さんに、副院長は「管理栄養士業務をきちんとやってからの話だ。研究の意義は分かるし応援するが、普段の業務ができた上で研究がある」とくぎを刺されたのです。その言葉に川瀨さんは奮起。栄養管理業務以外にも給食調理の手伝いや配膳等、できることをがむしゃらに取り組み、栄養サポートチーム(NST)では患者の立場に立った充実化に向けた提案をします。
 「院長は栄養の大切さを理解されていたので、賛成してくれました。ですが、NSTの充実化にあたって、ミーティング等で自分の意見ばかり出していた時期もありましたが、理想にはなかなか追いつけませんでした。こうした経験を経て、自分1人ではできることに限界があると身に染みましたし、患者さんの役に立つのは栄養管理に興味のあるスタッフを増やし、病院全体の栄養管理のレベルを底上げすることだと気付きました」
 他職種のスタッフにも栄養管理が重要であることを知ってほしい。川瀨さんは有志を募り、NST専門療法士資格取得に向けた勉強会をスタートします。
 「最初はほぼ毎週、私が講師を務めましたが、途中から講師は持ち回りにして、みんなで試験問題集1冊を2年間かけて解いています。この4年間で看護師2人、薬剤師1人が資格を取り、今年は3人が合格しました。資格を取得したスタッフが自分たちの部署で栄養の知識や重要性を広めてくれるおかげで、病院全体で栄養への関心が高まってきた手ごたえを感じます」

在宅訪問は学びの宝庫

 川瀨さんは常々、退院後の栄養指導の継続が難しいことを気にかけていました。「認知症や摂食嚥下障害のある高齢患者、独居や老々介護のケースが年々増加していることもあり、人生の最終段階にある患者を支援するには在宅訪問栄養食事指導が必要だと思いました」
 当初は、他職種スタッフから「90代の高齢者に栄養指導は必要ないのでは」といわれたこともありましたが、食事制限だけが栄養指導ではなく、栄養管理が患者のQOLを維持・向上に貢献できることを丁寧に伝え、コツコツと実践していくと理解、協力が得られるように。
 「在宅訪問を経験して、病院では気落ちした感じで食が進まない患者が、自宅では生き生きされていることに驚きました。入院生活は非日常なのだと改めて気付き、入院患者への声掛けや栄養指導での接し方を見直しました。患者さんは栄養指導中の雑談で、こちらがどんな人間なのか分かってくると心を開き、人として信頼してくれるようになることも実感しています。こうした関係性になれると、患者の食生活の奥の部分が分かり、改善点が見つけやすくなります」
 川瀨さんは患者の"今"に対応するために、気付いたことは医師や看護師に積極的に伝えるようにしています。「食事内容の変更等を提案する際は、最新のガイダンスやエビデンスに基づく栄養知識をもって論理的に説明すると、医師からの承諾を得やすいですし、管理栄養士業務の認知にもつながります」

身近な環境から課題を見出す

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 現在、川瀨さんは病院勤務の傍ら名古屋学芸大学大学院栄養科学研究科博士後期課程に在学して、高齢者のエネルギー代謝に関するテーマを中心に研究を続けています。
「『日本人の食事摂取基準2020年版』に記されているように75歳以上の基礎代謝に関するデータは十分ではありません。臨床栄養管理の質を高めるため、不足しているエビデンスを臨床の場から発信していくのだという気持ちで研究を続けています」
 川瀨さんの目は地域にも広がっています。「地域のさまざまな人から栄養や食事に関する
 悩み事をもっと管理栄養士に相談したいといわれ、管理栄養士は地域の人から遠い存在だと痛感しています。足助病院では地域に根ざした医療をずっと継続していて、本当に学ぶことが多いです。今後はこれまで大事にしてきた栄養管理の質の向上と研究活動に加え、"地域に近い管理栄養士"を目指し、この地域で働く管理栄養士として何ができるかを考え、人と丁寧に関わりながら実現させていきたいと思います」

プロフィール:
2016年愛知学泉大学家政学部家政学科管理栄養士専攻卒業。2016年管理栄養士取得。2018年名古屋学芸大学大学院栄養科学研究科栄養科学専攻博士前期課程修了、2019年より現職。JA愛知厚生連足助病院認定栄養ケア・ステーション管理栄養士責任者。病院勤務の傍ら名古屋学芸大学大学院栄養科学研究科博士後期課程在学中。公益社団法人愛知県栄養士会JDA-DAT委員会副委員長、在宅医療・介護委員。愛知県栄養士会所属。

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