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給食とつながるICT、教科で広がる食育指導

トップランナーたちの仕事の中身#089

山本加奈さん(大阪教育大学附属池田小学校、管理栄養士)

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 小学校の栄養教諭を務める山本加奈さんは学校給食を生きた教材と位置付けし、児童に向けた食育指導に積極的に活用しています。コロナ禍をきっかけに始めたICTを使った食育スライド等、独自のアイデアから生まれる新しい食育指導と可能性について伺いました。

黙食から生まれた食育スライド

 大阪教育大学附属池田小学校(以下、池田小学校)で栄養教諭を務めて7年になる山本加奈さん。池田小学校では学校給食を自校方式で提供しており、給食の献立作成の他、給食管理業務、1~6年生に向けた食育指導を担当しています。 「給食は生きた教材であり、毎日行える食育の場ですので、食育指導に積極的に活用していこうと考えています。児童にまず知ってほしいのは『食べることは楽しい』ということです。小学校の場合、学年に合った指導が必要となりますが、低学年は食べ物に興味を持ってもらえることが目標です。高学年は附属中学では給食がないことを見越して、児童が自分で食事を管理できる能力を少しでも育成したいと考えています。どの学年に対しても、児童が楽しめる内容と伝え方になっているか、教師からの一方通行になっていないかを常に見直しながら進めています」 山本さんが取り組む食育の1つが、給食を題材にしたスライド学習です。きっかけはコロナ禍に給食が黙食になったことでした。 「友達とおしゃべりしながら食べられないことで児童の給食時間の楽しみが減るのではと危惧しました。そんな中、『第4次食育推進基本計画』でデジタル化への対応の推進が挙げられたこともあり、ICTを活用した食育としてスライドを思いつきました」

 スライドの内容は以下の3 つのカテゴリーに分け、それぞれ20 枚ほどにまとめられています。(1)その日の給食に使う食材や料理の栄養、歴史、産地の情報、食事マナーについて、(2)給食室の調理中の様子、(3)教科との連携。
 「児童が楽しめるようにクイズ、動画や写真、イラストを多く取り入れるようにしています。作成したスライドデータは学内のネットワークで共有し、各教室に設置されている電子黒板で再生できるので、学級担任が給食の配膳時や喫食時等、学級ごとに見やすい時間を選ぶことができます。スライド1回分は2分ほどですが、食べながらでは見逃すことを考慮して、給食時間中は繰り返し流すようにしています。栄養教諭である自分は食育のスライドを作ることはできますが、学年に合わせて内容や児童の記憶に残るようにするフォローは、学級担任の協力が欠かせません」

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給食×教科で広がる食育指導

 「給食はさまざまな教科との連携ができるのも魅力」と山本さんは指摘します。
 「3年生の国語でポスターを題材にキャッチコピーについて学ぶ授業があります。この授業と連動して、給食を食べた後に『秋野菜のクリームスープ』のキャッチコピーを考える食育を行いました。国語の授業では『キャッチコピーは相手を引き付けるために工夫した短い言葉』と学習することから、来年入学する新1年生に向けて魅力を伝える設定にしました。児童たちは熱心に取り組み、『トロトロの、野菜たっぷり、愛情いっぱいスープ』、『色鮮やか、味もいろいろ、トロトロでいいにおい』等の力作が生まれました」
給食のキャッチコピー作りの内容をスライドにまとめて他学年に紹介したところ、興味を持つ児童が多く、全学年で給食のキャッチコピー作りをする広がりとなりました。算数と連携させ、簡単な足し算、引き算、掛け算、割り算を取り入れることも。給食にピーマンを使う日には「ピーマンを10㎏使います。1 個の重さは50g。全部で何個あるでしょう?」といったクイズの他、ピーマンの下処理をしている調理員を動画で撮影し、スライドに盛り込みます。
 「スライドでは知識だけでなく、調理員に感謝の気持ちを持ってもらうことも意識しています。先生方からも『調理員の方の仕事を知って、"残さず食べよう"という指導の意識が高まった』との感想をいただいています。実際、残食はスライド学習導入前よりも減っていて、確かな効果を感じています。授業で教科書を見ながら勉強するのと同様、給食は同じものを食べながら味、香り等を五感を使って学べる食の教材です。毎日、少しずつ食育を積み重ねられる給食の場をこれからも大切にしていきたいと思います」

和食文化を伝える特別授業

 山本さんは農林水産省による子育て世代やこどもに和食文化を伝える役割を担う人材を育成する 『和食文化継承リーダー』を取得し、和の食文化を給食や授業とつなげる形で指導しています。
 「和の食文化に携わっているプロをゲストティーチャーとして学校に招く食育授業を定期的に企画しています。これは大学のときに見学したある小学校の食育プログラムで、料亭の和食料理人によるだしの取り方やきゅうりの蛇腹切り等、飾り切りの実演を見る機会があり、プロの本物の技を実際に目にする感動を知り、『栄養教諭になったら、こうした食育がしたい!』と長年、温めていた企画でした」 山本さんは、池田小学校の児童に地産地消の意義と実現を児童に身をもって知ってもらうため、近隣の農家や酪農家を訪ね、給食に納品してもらえるように開拓した実績があります。こうして交流するようになった生産者をゲストティーチャーに招き、食品ロスについて生産者の視点から話してもらう食育授業も行っており、あるときは、近隣の和菓子店から和菓子職人を招き、4年生35人が和菓子作りに挑戦しました。 「授業の前半は、私が和菓子の歴史や和菓子には季節感や菓銘があること等を児童とディスカッションしながら学びました。後半の1時間は職人の方が1~12月の季節の和菓子作りを児童の前で実演してくれ、児童たちは目を輝かせて感動していました。その後、児童の実習ではさらし布を使った茶巾絞りの方法を習い、3色のあんこを使って1人ずつ秋の和菓子を作り、それぞれ菓銘を考えました。普段は和菓子よりも洋菓子のほうが好きな児童が多いのですが、抹茶をたてて味わうと全員が完食。『将来、和菓子職人になりたい』という声も上がり、和食文化に楽しんで触れる機会となりました」

給食が教えてくれる児童の変化

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 山本さんが栄養教諭として毎日欠かさないのが給食時間の学級訪問です。
「栄養教諭として、学級担任とは違った視点で児童の様子を見守ることは、児童が安心して食べることにつながると思い、毎日給食時間に児童のそばまで足を運んでいます。食べる量が増えたり、苦手なものが少しずつ食べられるようになってきたり等、良い変化はたくさん褒めるようにしています。一方、精神的につらくなると児童は食べる量が減ったり、食器を乱雑に返却するようになったり等の変化が見られます。気付いたらすぐに学級担任に報告・連携し、学内で児童と顔を合わせたら声掛けする等のフォローを続けます。栄養教諭は児童の栄養状態を整えるだけでなく、精神面の健康を守ることも大事な仕事だと考えています」
 栄養教諭としてのキャリアを重ねる中、強く思うのが日本の学校給食のすばらしさだと言います。
「栄養管理された安全・安心な食事であり、大量調理でありながら個人や食文化に対応しているのは世界に例を見ない日本の良さだと思います。だからこそ、学校給食を支える栄養教諭が各校に1 人配置されてほしいと願っています。具体的な方法はまだ模索中ですが、日本の給食のすばらしさを世界に広めたいという夢に向かってこれからも努力していきます」

プロフィール:
2017年大阪市立大学生活科学部食品栄養科学科卒業。同年から大阪教育大学附属池田小学校に栄養教諭として勤務。管理栄養士、和食文化継承リーダー。大阪府栄養士会所属。

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