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災害や感染症から県民を守る、行政管理栄養士だからできる備えと支援

トップランナーたちの仕事の中身♯051

池内寛子さん(栃木県保健福祉部健康増進課健康長寿推進班主査)

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災害時に求められる管理栄養士の役割とは?

 2021年3月、東日本大震災から10年が経過しました。節目を迎える中、2021年2月13日(土)の深夜、その余震とみられる最大震度6強の地震が福島県沖で発生しました。改めて当時の状況を思い出された方も多いのではないでしょうか。
 この10年の間には、地震以外にも台風や豪雨による河川の氾濫、家屋の浸水、土砂崩れ、さらには雪害など、日本国内のあちらこちらで自然災害が発生しました。このような災害への備えとして、「どのように自分や家族の身を守るか」を考えること、非常持ち出し袋の中身を整えたり、非常食を準備したりすることが一人ひとりに求められています。
 一方、病院や高齢者施設、保育所などで人々の食と健康を支える管理栄養士・栄養士は、災害時の停電や断水などに備えて施設内の対象者のために数日分の食料を備蓄したり、厨房が使えなくなった際に屋外などで炊き出しができるように訓練をしたりしています。また、都道府県や市町村などの行政で働く管理栄養士・栄養士は、県民や市民のために、災害時の救援体制を整備する役割を担っています。
 そのような役割の中で、栃木県庁に勤務する管理栄養士、池内寛子さんは2020年に半年かけて、栃木県と公益社団法人栃木県栄養士会との災害協定締結に取り組みました。

災害時に感じた課題をきっかけに生まれた「災害協定」

 池内さんが災害協定締結に取り組んだのは、県内の保健所に勤務していた2019年、台風19号による水害が県内で数カ所発生したことがきっかけです。担当する市や町から県に対して支援の要請を受けてそれぞれ対応していたものの、県としてより万全の体制を敷いておきたいと感じたと言います。
 災害協定とは、災害時応援協定とも呼ばれ、都道府県や市町村などの自治体が災害発生時に人的・物的な支援を受けられるように企業や各種団体とあらかじめ取り決めをしておくことを指します。栃木県は、栃木県栄養士会と災害対策基本法に基づいて「災害時における医療救護活動に関する協定」を結びました。
 災害時避難所での管理栄養士・栄養士の役割として思い浮かびやすいものは、一般市民向けの炊き出しや食料を確保することかもしれません。一方、管理栄養士・栄養士の専門性がより発揮されるのは、食物アレルギーを有する人、糖尿病や腎臓病等の慢性疾患や摂食嚥下障害を有する人、乳幼児など、特別な配慮が必要な人々に対して、専門的な栄養・食生活支援を行うことです。
 栃木県栄養士会と災害協定を締結したことによって、災害発生時に栃木県から協力要請を行うと、被災地域に栃木県栄養士会から管理栄養士・栄養士が派遣されます。派遣される管理栄養士・栄養士は公益社団法人日本栄養士会が設立したJDA-DAT(The Japan Dietetic Association-Disaster Assistance Team:日本栄養士会災害支援チーム)のメンバーで、事前に災害時の支援について研修や訓練を受けており、そのスキルを生かして以下の活動を行います。

  • 特殊栄養食品(アレルギー児用粉ミルク等のアレルギー対応食品、高齢者用食品、病者用食品)の提供に係る支援
  • 治療食や食物アレルギー除去食等の要配慮者に関する巡回個別栄養相談
  • 避難所での食事状況調査や衛生指導、栄養健康相談
  • 被災者への栄養補給の支援
  • その他医療救護活動において必要な業務

 これらの活動内容は、東日本大震災など過去の災害発生時の教訓によって考えられています。たとえば東日本大震災の直後は、さまざまな支援物資が被災地に届けられたものの、特殊栄養食品や離乳食が膨大な支援物資の中に紛れ込んでしまい、それを必要とする人の手になかなか届かないという事態がありました。また、当時は避難所での生活が数カ月にも及んだため、糖尿病や高血圧症など生活習慣病を抱える人たちの症状が悪化してしまったり、偏った食生活や運動不足によって新たに生活習慣病を発症してしまったりするというケースもありました。このような状態を防ぐため、専門的な知識を有する管理栄養士・栄養士が災害発生後に被災地にすぐに支援に入り、特殊栄養食品の手配や避難所での相談を受けることによって、他職種と連携しながら、避難生活を強いられている人たちの健康をよりよい状態で維持することが狙いなのです。
 池内さんは、災害協定の内容を考えるとともに、災害発生時にJDA-DATがスムーズに県内で活動できるように、活動の計画書や報告書、引き継ぎ書、活動費用に関する資料を含め、各種の書類を作成しました。また、栃木県栄養士会と協力して、災害支援マニュアル、健康観察チェックリスト、避難所食事状況調査票なども作成しました。
 栃木県栄養士会や県庁内の他部署・他課との連携の末、2020年9月24日(木)に締結式を執り行いました。当日はJDA-DATが保有する災害支援医療緊急車両(JDA-DAT号)も披露されました。この車はキッチンボックスを搭載しており、災害時に被災地に入り調理をすることができるものです。報道陣にも公開されたことで、県民に広く知られる機会となりました。

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 こうした自治体と都道府県栄養士会との災害協定は2021年2月現在で、全国22の都府県と3政令市で結ばれていて、今後も全国で順次、展開されていく予定です。
 池内さんは今、栃木県内でJDA-DATとして活躍できる管理栄養士・栄養士「JDA-DATとちぎ」のメンバーを増やすため、人材育成に力を入れています。災害発生後に一人ひとりの管理栄養士・栄養士が長期的に支援に入ることは難しくても、随時引き継ぎをしながらJDA-DATとちぎとして継続的に活動ができる状態をめざしており、職域を超えて研修会への参加の呼びかけをしているところです。

コロナ禍、自宅療養者への献立づくりも

 災害協定の締結を終え、池内さんが県民の健康づくりとしてフレイル予防の事業などさまざまな業務を進めていた2021年1月14日(木)、2度目の緊急事態宣言が栃木県内にも発令されました〔2月8日(月)に解除〕。当時、県内は人口10万人あたりの感染者数が東京、神奈川、千葉に続いて全国で4番目に多くなっていたのです。
 感染した人が入院や宿泊施設で過ごすことができずに自宅で療養するケースも増えており、栃木県でも自宅療養者に対して5日分の食料品の配送をすることに決めました。当初、新型コロナウイルス感染症対策本部が考案した食事内容は、レトルトのご飯やカレー、パスタ、カップ麺、お茶漬けやみそ汁の素、お菓子等、限られた予算内で長期保存が可能なものが選ばれていました。池内さんはその内容を知ってすぐ、「災害時と同じく、管理栄養士として療養者に対して十分な食事支援をしなければならない」と痛感したと言います。これらの食料品だけではエネルギーやたんぱく質が足りないだけでなく、ビタミン・ミネラル、食物繊維が大幅に不足してしまう一方、塩分は過剰摂取してしまうことが明らかだったためです。そのため、限られた予算や枠組みがある中で食事内容を再度検討するよう上司に掛け合いました。
 「日本人の食事摂取基準」の身体活動レベル(Ⅰ)の基準に則って、食品の価格や一度に梱包できる大きさも考慮しながら、朝食・昼食・夕食と間食で1日分のエネルギーとたんぱく質が十分にとれ、ビタミン・ミネラル、食物繊維も補給でき、食塩摂取量が過剰にならない食事内容を5日分仕上げました。ミネラルの摂取にはアーモンドミルクが、食物繊維の摂取には野菜100%のジュースが役立ち、微量栄養素を含んだお菓子なども活用しました。自宅療養者の心細さや不安を少しでも和らげるために手紙も付け、療養中の食事で注意したいことや、食欲不振のときの水分摂取の方法なども記しました。
 管理栄養士がこの配食サービスにかかわったことは、自宅で療養する人にはわからないかもしれません。それでも、栄養状態が悪化せずに済んだり、食事の面で困ることがなく過ごすことができ、勇気づけられたり、安心感を得ていることでしょう。
 県民の健康づくりが県の管理栄養士の一番の任務ですが、池内さんはこのように「もしも」に備えた体制づくりも含めて、県や市職員、栃木県栄養士会と協力しながら、県民が安心して健やかに過ごせる社会を作っています。

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プロフィール:
1999年3月ノートルダム清心女子大学大学院人間生活学研究科を修了。1999年4月山口県阿武郡福栄村立福川小学校(現 萩市立福栄小中学校)着任。2001年4月栃木県庁に入庁。公益社団法人日本栄養士会認定食物アレルギー管理栄養士・栄養士制度では、保育所等の管理栄養士・栄養士が安全でおいしい適切な集団給食の対応ができることをモットーにした活動を行い、発足当初から委員を務めている。1997年管理栄養士免許取得、2020年食物アレルギー管理栄養士取得。

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