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身近な疑問からエビデンスを導きつなげる、国民の健康

トップランナーたちの仕事の中身#075

松本麻衣さん(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所国立健康・栄養研究所栄養疫学・食育研究部国民健康・栄養調査研究室、管理栄養士)

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 この記事を読んでいる皆さん。あなたは、自分には栄養の知識があると思いますか?
 現在、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所の中で栄養疫学・食育研究部の研究員として働く管理栄養士の松本麻衣さん。高校生の頃から「食や健康に関する情報を人々にわかりやすく伝えられるような仕事をしたい」と考え、管理栄養士を目指しました。しかし、勉強を進めるうちに、ふと気がついたといいます。
「人々にみんな同じレベルの食育の話をしていいのだろうか?」
「栄養の知識がある人とあまりない人の差はどこにあるのだろう?」
「効果的な食育をするには、どんなレベル分けをしたらいいのだろう?」
こうした疑問こそが、管理栄養士になった松本さんの研究者としての道の始まりでした。

「研究と聞くと近寄りがたいイメージがある人もいるかもしれませんし、この栄養素がこの病気の予防に役立つというような華やかな研究結果だけが必要とされていると感じる人がいるかもしれません。しかし、身近な事柄や素朴な疑問に目を向けて科学的に明らかにしていくことも、私は大事な研究の1つだと考えています」
 人々の栄養の知識の有無はどのように測ったらよいのか? 松本さんは大学院の修士課程を修了して、大学で助手として働くなかで、この疑問を解決するために動き出しました。

4年かけて作り上げた日本人向け調査票

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「人々の栄養の知識を把握する方法が世界中のどこにもなければ、自分で一から作り出す覚悟でいました」と振り返る松本さん。
 まずは、世界中の論文が検索できるWebサイトPubMed(パブメド)を利用して、松本さんと同じような疑問を持って、人々の栄養の知識をテストするようなものを作った人はいないのか、そうした調査票は実在しないのかどうか、国内外いろいろな論文を読みながら、探していきました。一から作るよりも、他国の研究者が似たようなものを作っていれば、参考になると考えたからです。
 半ば諦めかけていたとき、1999年にイギリスで作られた調査票を見つけることができました。それは、栄養情報に関する理解や、食品を選ぶ能力、食事と疾病の関係など4つの領域について110の質問で構成されているものでした。さらに、このイギリスの調査票を参考にして、トルコやオーストラリアでもそれぞれの国民に合わせたものが作られていることがわかりました。
 松本さんは、このイギリスの調査票を同僚や管理栄養士仲間、英語を専門とする友人の協力を得ながら、調査票の110の質問をまず日本語に訳し、それを再び英訳して意味が変わっていないかを確認しました。そして、日本人に適した内容にするために、国内での指標となっている「日本人の食事摂取基準」や「国民健康・栄養調査」、「日本食品標準成分表」をはじめとした、すでに発表されているさまざまな論文の内容も加味しながら、質問項目を一つひとつ見直していきました。さらに、栄養知識を評価する調査票には、栄養表示に関する理解を問う領域を加えるべきだという指摘を見つけたことから、栄養表示についての質問も追加しました。
 さらに、できあがったパイロット版の調査票は実際に配布してテストし、質問の内容が適切かどうかを改めて判断していきました。「質問の内容は難しすぎても簡単すぎても意味がありません。2割から8割くらいの人々が答えらえられるように、質問を精査しました」

 こうして2017年にできあがったのが、「日本版の一般栄養知識調査票(JGNKQ)」。日本人の栄養知識レベルを評価する手段として、5つの領域で147の質問項目から構成されています。
 そして、自分が作ったこの調査票を使った調査の結果として、日本人成人では、栄養知識レベルが朝食欠食に関連していることや母親の栄養知識レベルと中学生のこどもの食事の関連等を論文にして発表しました。 

がっつり研究がしたくて

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 研究者と聞くと、自分の研究のために一人で黙々とコツコツと論文を読んだり作業を進めているイメージが浮かぶかもしれません。しかし、松本さんは違います。もちろん一人で作業をこなす時間も多くありますが、自分の研究に興味や関心を持ってくれる人や、調査に協力してくれる人など、他人とつながる時間も貴重だといいます。
 松本さんは現在の職場である国立健康・栄養研究所の研究員になって5年目(2023年現在)ですが、それまでは大学で助手をしていたため、研究の傍らで学生たちの教育にも携わっていました。学生たちには、上述のように論文を読む手助けをしたり、英語で論文が書けるようにアドバイスをしたりしてきました。
 今の職場に移り、教育の道を離れて研究者の道1本に絞ったのは、「研究のための調査をするにも、それにのめり込むにも、時間と体力に余裕がある今がいいチャンス!」と判断したから。「がっつり研究がしたかったんです」と、松本さんは笑顔です。そして、いずれ教育の場に戻ることがあったら、「ここで打ち込んだ研究の日々を糧にして、自分の研究者としてのあり方を学生に伝えられるようになっていたい」と目標を据えています。

 現在の主な仕事は、国立健康・栄養研究所で70年もの歴史がある「国民健康・栄養調査」の集計業務。これに加えて、国民健康・栄養調査などを利用して、日本人の食生活の現状と課題を明らかにする研究や、ライフステージごとに食事や食習慣に関連する要因を調べる研究、たんぱく質の必要量に関する研究など、常時7〜8本もの研究を並行して進めています。
 「より効果のある食育をするには?」という素朴な疑問から始まった松本さんの研究の道は、まだまだ前へ前へと続いていきます。その道には、「こんな研究が始まるんだけど...」と連絡をすると、「興味あります!」、「私もやってみたいです!」と協力に賛同する仲間や後輩たちが集ってきます。
「どの職場にいても、人々の健康になくてはならないエビデンスを出すことは可能だと思いますし、出さなければならないエビデンスもあるはずです」と、松本さんは呼びかけます。「管理栄養士・栄養士の皆さんが日々の食育や栄養指導で使えるエビデンスを私が提供できれば、その指導を受ける人々の納得感も高まり、より健康的な行動につながるはず」という心持ちで研究を進めています。

プロフィール:
2009年お茶の水女子大学生活科学部食物栄養学科卒業。2011年お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科前期課程修了後、聖徳大学人間栄養学部人間栄養 学科にて助手として勤務。2018年より国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所国立健康・栄養研究所特別研究員、2019年より現職。博士(栄養学)、管理栄養士。公益社団法人東京都栄養士会所属。

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