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利用者一人ひとりに合った目標を多職種で共有して取り組む栄養支援

トップランナーたちの仕事の中身#077

片岡陽子さん(社会福祉法人川崎市社会福祉事業団れいんぼう川崎、管理栄養士)

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 2024年は診療報酬・介護報酬と同時に、障害福祉サービス等報酬も改定されます。 「重度の身体機能障害を持つ入所利用者には、どのように栄養ケア・マネジメントを 進めたらよいのだろう...」。障害者支援施設に勤める片岡陽子さんは急性期病院勤務の経験を生かし、 利用者の背景を理解するとともに多職種協働を意識して、この分野を開拓してきました。

入所利用者を理解し、栄養で支援する

 片岡陽子さんが、れいんぼう川崎に入職したのは2014年。社会福祉法人に転職して、高齢者施設に勤務するものと予想していたこともあって、配属先が障害者支援施設とわかったとき、自分に務まるのかという不安がありました。新卒時から5年半ほど急性期病院での勤務経験があり、臨床での栄養管理に必死に取り組んできたが、「職場が治療の場から生活の場に変わったことに合わせて、自分の意識や行動を変えるのには少し時間がかかりました」と振り返ります。

 れいんぼう川崎は『障害者総合支援法』に基づく障害者支援施設。入所定員は60人で常にほぼ満床。在宅支援、外来診療、地域支援も実施しており、地域に密着した多機能型の重度障害者センターとして機能しています。入職した当時、障害者の栄養管理についての書籍やマニュアルは少なく、施設内でも採血検査は半年に1回の頻度で、食事摂取量の正確な把握も難しい状態でした。食事の提供量が1日1,000kcal程度にもかかわらずBMIが30kg/m2に近い入所利用者もおり、「標準体重を目標とする栄養ケア・マネジメントが適切と言えるのだろうか」といった疑問が常に渦巻いていました。関連する文献や厚生労働省が定めた基準、高齢者の栄養ケア・マネジメントやリハビリテーション栄養のマニュアル等を参考にしながら、自分に何ができるのか模索しました。「私が入職した時点で、すでにこの施設で10年以上過ごしている方もいました。そのため、一人ひとりをよく知ることから始めました。障害を負った経緯や合併している疾患、これまでの生活歴や経験等を、担当する生活支援員・看護師等の他職種やご本人・ご家族にお聞きしました。さらに、今後どのような生活を送りたいと考えているのか、ニーズ・意向を確認し、栄養・食事の面からどのような支援ができるのかを探りました。」

 このとき、片岡さんの頭の中には、以前働いていた急性期病院での上司の姿がありました。「患者さんやご家族への思いがあふれていて、惜しまず、妥協せず、できる限りの最善を尽くし、そのために常に新しいことを学び続けていく」、そんな上司のような管理栄養士になることを目標にしてきました。

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 れいんぼう川崎の入所利用者が抱える身体機能障害は、先天性疾患、脳血管疾患、神経筋疾患、脳外傷等による重度のもので、ほとんどの入所者が精神機能障害も有しています。入所利用者のここでの生活のゴールは、理想を言えば地域へ移行して暮らすことですが、実際は「施設内で自身の持つ機能を維持しながら安定して生活していただくこと」。入所利用者に聞き取りをしていく中で片岡さんは、自分の希望を伝えられる人が意外と多いことに気がつきました。食べたい料理が疾患の進行によって食べられなくなって残念に思っていることや、摂食嚥下機能の低下により食形態が制限されるため自分には行事食のケーキやパンの提供がないこと...。実際に要望や不満を聞いてみると、給食委託会社や他職種との連携によって対応できそうなものが見えてきました。
 「障害のある方への栄養支援においては、これが正解というものはなく、その方のニーズによって支援の方針も栄養ケアの内容も変わることがあります。さまざまなケースに柔軟に対応できるように、自分の中にできるだけ多くの選択肢を持てるように取り組んできました」

 学生時代の恩師の言葉も片岡さんを支えてくれました。「どんな分野でもいい、常勤でも非常勤でもいい。とにかく管理栄養士を続けることが大事。それが積み重なってキャリアになっていくから」。現在の職場に至るまでに経験してきた急性期病院での勤務や大学・保健所の非常勤勤務で経験したことの全てが、日々手探りで取り組む障害者の栄養ケア・マネジメントにつながっていると感じることができました。

利用者の希望を叶えるための多職種協働

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 8年間をかけて、胃ろうによる経管栄養から3食の経口摂取に成功した事例があります。当時30代の女性で、脳出血の後遺症によって四肢麻痺があり高次脳機能障害を合併していました。主治医(他院)からは「年齢も若いので摂食訓練をしたほうがよいのでは」とアドバイスをもらい、女性自身も「食べたい」という意欲が高かったため、嚥下内視鏡検査(VE)を実施し、女性の嚥下機能に合わせた食形態を決定しました。
 週に2回昼食時に、お粥ゼリー、野菜ゼリー、果物ゼリーを一口ずつ、そして水分ゼリー 100mLの摂食訓練からスタート。半年後に再度VEを実施し、お粥ゼリーの量を増やし、魚や肉等のたんぱく質の含有量が多いゼリーも含めて週2回の訓練に。その4カ月後には、ゼリー食からのステップアップを検討するため他院で嚥下造影検査(VF)を行い、軟菜食にとろみをかけたものを週3回、訓練ではなく食事(昼食)として提供、さらにその5カ月後には毎昼食時に提供することになりました。
 「訓練から食事に進展したものの、女性にはもともと偏食の傾向もあり摂取量には波がありました。提供した昼食を食べきれず経管栄養を併用することも多かったため、1日1食の経口摂取がゴールと考えていました」その食生活から3年半が経ったある日、女性が突如「3食、食べたい。朝食に納豆を食べたいし、夕食にも食べたいものがある」と意思表示をしました。そこで、女性と片岡さんを含めた職員とで相談し、まずは現在提供している昼食をできるだけ完食することを目標に決めました。女性自身も交えて皆で一緒に決めた目標だったため、半年ほどでそれを達成。次に、朝食の経口摂取を目標にすることにしました。朝食を食べるためには皆と同じ時刻に起きて身支度を整え、食堂に向かう必要があったため、まずは生活リズムの改善から取り組みました。その結果、最初の摂食訓練開始から7年後には、朝食と昼食の2回食に完全に移行することができ、8年目にはついに夕食も喫食できるまでになりました。

 この取り組みによって女性の栄養状態はよくなりましたが、より大きく変わったのが日常生活です。経管栄養のときは個室での生活で他の入所利用者とほぼ接点がなかったのですが、今では他の利用者の部屋に遊びに行ったり、皆との食事中に笑いが止まらなかったりするほどコミュニケーションが豊かになりました。さらには「胃ろうをなくしたい」、「地域移行をしたい」と、より大きな目標を掲げるようにもなりました。さらに、この取り組みを通じて、多職種で情報や支援の目標を共有する機会がさらに増え、多職種協働の風土が一段と強固なものとなりました。
「もっと早くステップアップできるのではないかと考えたこともありましたが、担当の生活支援員は利用者さんのことを本当によく理解しており、新しいことをはじめてから、それに慣れ、継続できるように目標を提案し、本人のペースに合わせじっくり時間をかけて支援していました。利用者個々の障害特性を理解し、支援に生かすことの大切さを体感できた事例でした」

 ここ数年は、他施設から呼気ガス代謝モニターと体成分分析装置を借りて、リハビリテーション科の医師、理学療法士等とともに、入所利用者の目標体重や栄養必要量、日常生活での身体活動量についての検討を行っています。障害によって起こる筋緊張や運動失調、不随意運動等によるエネルギー消費量等、栄養ケア・マネジメントをしていくうえでまだ不明なことも多いからです。
「障害者の栄養ケア・マネジメントに取り組んでいる管理栄養士で、それぞれが持つ情報を共有したいですね。そして、この分野に関わる管理栄養士が増えていくように、私も事例を多く発表していきたいです」

プロフィール:
神奈川県立保健福祉大学卒業後、急性期病院に管理栄養士として就職。大学での研究補助業務や保健センターでの非常勤勤務を経て、2014年より現職。厚生労働省令和3年度障害者総合福祉推進事業「障害特性を踏まえた栄養ケア・マネジメントの実務のあり方に関する調査研究」における「障害福祉サービスにおける栄養ケア・マネジメントの実務の手引き」作成協力。公益社団法人神奈川県栄養士会所属。

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