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受刑者の心身の健康を取り戻す、「最後の砦」を守る管理栄養士

トップランナーたちの仕事の中身#082

松本 勲さん(大阪医療刑務所法務技官、管理栄養士)

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 長年にわたり大阪医療刑務所で被収容者への献立作成、調理指導、安全衛生教育等一瞬たりとも気を抜けない業務を担ってきた松本 勲さん。健康を取り戻すだけでなく、食事がもたらす心の潤いへの配慮等、被収容者にとっての「最後の砦」を守ることへの誇りを胸に、後進の指導にも力を注いでいます。

営業職から医療刑務所への転身

 医療刑務所は医療的な処置が必要な被収容者を移送して治療にあたる刑務所で、現在、全国に4カ所あります。管理栄養士の松本 勲さんが勤める大阪医療刑務所は内科、外科、泌尿器科等の疾患に対応する他、人工透析装置が整備され透析療法も行っており、西日本の医療センターとしての役割を担っています。
 矯正施設(刑務所、少年刑務所、拘置所、少年院、少年鑑別所、婦人補導院)で働く常勤の管理栄養士は全国で二十数人ほど。松本さんがこの狭き門に進んだのは大学の恩師の勧めがきっかけでした。
 「こどものときから料理が好きだったので大学の栄養士養成過程に進みましたが、就活時に『人生で人に頭を下げる経験もしておこう』と考え、食品会社の営業職に就きました」

 営業職で勤めること5年。その間に大学の恩師から病院等管理栄養士としての転職を勧められていましたが、同期の中でいちばん早く昇格する等仕事が順調だったことから断っていたのです。気持ちが変わったのは3回目の勧めのとき。
 「恩師から『これが最後だから』と言われました。親に学費を出してもらい、せっかく取った資格を使わないのはもったいないと思い直し、1998年に勧められた大阪刑務所に転職しました。刑務所に勤めることへの先入観はまったくなく、『刑務所の食事ってどんなだろう、携わりたい』という思いしかありませんでした」と振り返ります。2001年に大阪医療刑務所に転任となり、今年で矯正施設の管理栄養士として23年目を迎えました。

細心の注意を払う調理指導

 大阪医療刑務所の収容定員は256名、病床数は210床、現在は80名程度が収容されています。しかし全員が「患者」というわけではなく調理、洗濯、掃除等を担当する経理係として収容されている健康な被収容者も含まれています。管理栄養士は、法務省が定める『矯正施設被収容者食料給与規程』(以下『食料給与規程』と略)に基づいて被収容者全員の給食献立を作成します。
 「矯正施設間の統一献立はなく、施設ごとに管理栄養士が献立を考えます。『食料給与規程』では1食分の米の重量、米の代替食となるパンの給与回数等も決まっています。矯正施設ではアルコール類は厳禁ですので酒、みりん、酒粕等アルコールを含む食材も使いません。こうした一般施設とは異なる基準に慣れるまでは、先輩の管理栄養士が立てた献立を踏襲することから始め、徐々に自分なりの工夫を織り込むように心掛けました」

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 現在、大阪医療刑務所は常食、エネルギー調整食、透析食、脂質調整食といった病態食、術後食、ターミナルケア食等11種類を基本に、食物アレルギーがある場合は除去食を提供しています。病態に適した栄養や食形態であることはもちろん、矯正施設では簡単な調理でおいしく仕上げる工夫が求められるといいます。
 「給食の調理は炊事係の被収容者が行うためです。食材の管理、調理作業における安全衛生教育・調理指導等は管理栄養士の業務となります。これまでの生活で食材を取り扱ったことがなく、調理をするのも初めてという被収容者が大半ですから調理指導には苦労します」
 大阪医療刑務所では刑務官の立会いのもと、7人の受刑者が朝、昼、夕の3食を調理しています。
 「献立作成時に思い描いたでき栄えとは程遠いでき上がりになることもたびたび起こりました。その場で炊事係の被収容者には指導しますが、調理指導を担う管理栄養士として同じ失敗を繰り返すわけにはいきません。調理作業手順、個々の作業能力に合わせて調理作業工程を変更するのも管理栄養士の大事な仕事です」

 安全衛生教育にも細心の注意を払います。
 「国が被収容者に作業をさせていることから、調理中のケガの治療費は国側の負担となり、国損が生じることになります。指導時には必ず『入所したときの身体で出所してください。やけどや切り傷は必ず痕が残ります』と伝えています」
 注意を促すだけではありません。エプロン、長靴、加熱調理時に着用する手袋は耐熱性のものを使用し、揚げ物の際はフェイスガードを着けます。包丁を使う際は利き手と反対側の手に金属製のセーフティーグローブをはめる等対策も徹底しています。
 逃亡防止等の観点での対策も必須です。包丁は先端を切り落としたものを使用し、棒状の長尺物やひもは厨房に持ち込みません。不正隠匿防止のために食材の数は厳密に管理し、万が一、事案が発生した場合は、その被収容者の取り調べをし、隠匿をした被収容者は炊事係から外します。
 「問題防止のためには刑務官との協力が不可欠です。今後も対策の徹底と協力体制を積み重ねるとともに、管理栄養士も常に気を引き締めて指導にあたることが求められます」

食事がもたらす心のケア

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 「矯正施設の食事は一般の特定給食施設とは異なる特性がある」と松本さんは指摘します。
 「矯正施設では給食以外の食べ物を取ることができず、食事の選択権がありません。食事内容の良否が被収容者の勤労意欲や精神安定、心身の疾病を未然に防ぐ役割もあると考えています。矯正施設の食事は単に健康を保持するだけでなく、ストレスの多い拘禁生活に潤いを持たせることも意識すべきだと思います」
 被収容者の要望を知る機会となるのが年に1回行う嗜好調査です。数十年前はしっかり甘くて量もたっぷりのぜんざいが大人気でしたが、最近はお好み焼き、麺類、鶏のから揚げ等が人気上位を占め、できる範囲で献立に反映させています。昨年末からは矯正施設では初めて温冷配膳車を導入し(民間給食会社に委託する施設は除く)、冷めると臭みが出やすかった魚料理等の問題の改善にも積極的に取り組んでいます。

適正な栄養管理を目指す努力

 現在、『食料給与規程』における標準栄養量は1995年に定められたもので、被収容者の取り巻く環境、食生活に対する意識の変化もあり、標準栄養量を見直す時期にきています。
 「一例としては主食の量です。刑務作業を行う男性受刑者の常食は給与エネルギー量2,620kcalのうち主食は1,600kcalです。主食と副食の比率を見直す必要があると考えています。また、2022年の刑法改正に伴い、拘禁刑が2025年までに施行されます。拘禁刑の目的は、受刑者の特性に合わせて作業や教育等の処遇を組み合わせることで、再犯防止や更生を促すことです。それに伴い、生活活動に見合った食事を給与する必要があります。国立健康・栄養研究所の協力と指導をいただいて見直し作業を進めています」
 さらに松本さんは大阪矯正管区併任技官として、管内の栄養士不在施設を巡回して献立作成、衛生管理、食料事務等の助言指導を行っています。
 「受刑者の高齢化は矯正施設共通の問題です。日本矯正医学会では10年間で『高齢受刑者の栄養と食』等のシンポジウムや7題の講演発表を行い、現場の意見を届けてきました。刑を執行できるように健康を取り戻し、出所後の自立のためにも、今後は栄養と食事からのアプローチに加え、リハビリにも力を入れていく必要があると考えます」
 松本さんは、医療刑務所は疾病を持つ受刑者の「最後の砦」と例えられることを胸に刻んでいます。
 「収容される受刑者は少なからず社会を映す存在だと感じます。矯正施設の管理栄養士として社会情勢を把握し、これまでの経験と知識を生かして社会貢献をしていきたいと思います」

プロフィール:
1993年甲子園大学栄養学部栄養学科卒業。食品会社営業職を経て、1998年より大阪刑務所に管理栄養士として拝命、2001年より現職。2008年大阪矯正管区併任技官(栄養士として併任し、栄養士巡回指導、研修会の企画・立案も行う)。2016年より公益社団法人大阪府栄養士会理事を務める。公益社団法人日本栄養士会勤労者支援職域事業推進委員会委員。公益社団法人大阪府栄養士会所属。

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