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モットーは"攻め"の姿勢、武器はエビデンス
地域をひとつにする行政栄養士の挑戦

トップランナーたちの仕事の中身#007

新海美奈子さん(東海市役所市民福祉部健康推進課)

 「トマトジュースでかんぱ~い!」昼下がりのレストランで、ランチを楽しむ人たちから珍しい声が上がりました。愛知県東海市には全国でも異例の「東海市トマトで健康づくり条例」があり、第5条に「市は、市民の健康的な食生活に向けた意識の高揚を図るため、トマトジュースによる乾杯を推奨するものとする。」と定められているのです。

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東海市市民福祉部健康推進課のみなさんと、主任栄養士の新海美奈子さん(右から2人目)。チームワークがウリです。

 「東海市では10年ほど前から食品大手メーカーのカゴメ株式会社よりいただいたトマトの苗を市民に配布し、食育に取り組んでいたこと、また、東海市はカゴメ株式会社創業の地であり、企業理念として健康に貢献するという思いがあることから、平成26(2014)年の9月に協定を結び、トマトを通して市民一人ひとりの健康づくり及び地域の活性化をめざした『トマトde健康プロジェクト事業』がスタートしました」と東海市市民福祉部健康推進課の主任栄養士である新海美奈子さんは説明します。

2か月で1,600人以上が市内のトマト料理を堪能

 新海さんが所属する健康推進課で、今年の夏から秋にかけて力を入れていたのが、トマトを80g以上使用した「いきいき元気メニュー」やトマトを使ったスイーツを食べ、トマトを通じて野菜に親しんでもらい、野菜の摂取量の増加を目的とした「トマトde健康フェスティバル」の開催です。市内の定食屋やレストラン、ケーキ屋など39店舗にてトマト料理を2食とトマトスイーツ1品を食べて、3店舗のスタンプを集めるとオリジナルマフラータオルがもらえるというスタンプラリーで、店舗と市民を巻き込んだ大掛かりな企画です。今年度の実施期間は3か月の予定でしたが、用意していた1,600本のタオルは2か月程度で配布しきってしまいました。新海さんら健康推進課メンバーも、多くの市民の参加に驚いたといいます。

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東海市特命トマト係長のとまてぃーぬが、市民の野菜摂取量増加をめざして盛り上げています。

ミッションは、一人ひとりにあった食環境を整備すること

 東海市の健康課題は、男女ともにメタボリックシンドロームの該当者の割合が多く、男性の平均寿命が県内でも低い位置にあったことから、平成21年に市役所全体の取組として組織横断的に健康づくり、生きがいづくりについて議論を重ね、平成22年度に健康・生きがい連携推進プランを策定し、市全体で健康づくりに取り組み始めました。
 食環境の整備としてスタートしたのが、外食でもバランスがとれ、自分の適量・適塩がわかる「いきいき元気メニュー」の普及です。①エネルギー800kcal以下、②主食・主菜・副菜がそろっている、③野菜140g以上、④塩分3.3g以下の4つの条件を満たしたメニュー「いきいき元気メニュー」を提供する飲食店を「食生活ステーション」として認定してきました。こうした企画に賛同してくれる飲食店を探し出し、コンセプトに合うメニューを用意してもらうことが管理栄養士の新海さんの腕の見せどころ。同僚である健康推進課の保健師・半田裕子さんは「新海さんは"攻め"の姿勢がすばらしい。店舗へ行って、塩分を減らしてもらったり、野菜の量を増やしてもらったり、メニューを新たに考え直してもらったり...。管理栄養士としてエビデンスに基づいた言動には説得力があります」と評価しています。
 新海さんに店舗への協力を仰ぐコツを尋ねると、ボリュームが多い料理で満足させたい店主に、1品でもよいのでカロリー、バランス、野菜量、塩分量の基準を満たしたメニューを作ってください。こういうお料理を食べたいというニーズもあります...という言い方でお願いしています。その際に、野菜の量や塩分量を管理栄養士が絶対に妥協しないことが大切ですね。この時点で店主に遠慮をしたり、ブレてしまうと、管理栄養士としての使命が果たせません。調味料の計量が面倒だという店主には調理現場に立ち入らせていただいて私が実測し、適正量をアドバイスしました。これを機に健康意識が高まった店主さんもいます」と話します。

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富木島寿司の堤光彦店長と打ち合わせ。堤店長は自宅での食事でも意識が変わったそうです。

 その一人、富木島寿司の堤光彦店長を尋ねました。「寿司はヘルシー料理だと思っていたのですが、そもそも寿司飯は塩分量が多いし、握りに醤油を付けて食べるのもアウトだと言われ...、最初は協力できないと思いましたね(笑)」と、新海さんの話に愕然としていたという堤店長。しかし、バランスの目安となる"まごわやさしい" (※)という言葉を知った堤店長は、その食材を揃えたメニューを考え、新海さんに相談し、富木島寿司では「まごわやさしい膳」(エネルギー769kcal、野菜204g、塩分3.3g)を売り出すまでになりました。今では、「まごわやさしい膳」は中高年女性に人気のメニューとなっています。
 ※まごわやさしい=め、ま、かめ(海藻)、さい、かな、いたけ(きのこ)、もの頭文字をとったもので、バランスのよい食事を表す言葉

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富木島寿司のトマトde健康フェスティバル特別メニュー「まごわやさしいランチトマトde美肌」(エネルギー740kcal、野菜量292g)

 「私たちがかかわることで、味だけに興味があった店主の方たちが、栄養のことをもっと知りたいと興味を持ち始めています。市が言うから"やっている"という感じではなく、主体的に変わっていく様子を拝見できてうれしいです」と新海さん。中には、店主と合意できずに商品化に至らなかったメニューもありますが、各店舗で新しく考案した「いきいき元気メニュー」がお客さんに売れていると聞くと、市民が健康に向かって少しずつ動き出している手ごたえを感じられるそうです。
 「データ上では、市民の野菜の摂取量はまだ増えていませんが、スタンプラリーが市民に好評だったことからも少しずつ意識が高まってきているのを感じます。行政の仕事は結果がすぐに出せない点がもどかしいところですが、10年後には市民の野菜摂取量を目標値の350gに達成させたいです」と意気込みも頼もしいです。

行政栄養士仲間との情報交換が企画のヒントに

 新海さんは大学卒業直後の就職先は病院でしたが、大学生の頃から行政で働くことが夢だったと言います。「幅広い世代を対象とし、病院に通うようになる前の元気な人を増やしたい」と思っていたからです。豊橋市役所での勤務を経て、8年前から東海市役所に勤めています。約11万4,000人の人口に対して健康推進課の管理栄養士は2名と少ないですが、「だからこそ、0歳から高齢者まで自分で全体を見ることができて、やりがいがあります」と新海さんは語ります。

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1歳6カ月児健診で母親の相談にのる新海さん。壮年期にも力を入れたいと考えています。

 「行政栄養士に必要な力は、発想力」。そう断言する新海さんは、「栄養士会の研修会でほかの自治体の管理栄養士・栄養士からアイデアやヒントをもらうのが、企画をするうえでもっとも参考になる」と言い、「行政栄養士仲間と直接お会いしてリアルタイムで情報を交換し、お互いにエネルギーを補えることが研修会の魅力ですね」と参加の意義を語ります。
 「年間の通常業務をこなすだけでなく、自分が楽しみながら市民の健康に貢献できることをいつも考えています。ビジョンを明確に持って、管理栄養士として譲れない部分はデータを使って理論立てて説明することができれば、上司や同僚の協力を得ることができ、やりたい企画を進められるのです。活動フィールドの広さと対象の幅広さが、行政栄養士の仕事の醍醐味ですね!」

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プロフィール:
平成10(1998年)、京都府立大学生活科学部食物学科卒業。管理栄養士取得。国立病院機構静岡てんかん・神経医療センター、豊橋市役所を経て、平成21(2009)年より東海市役所市民福祉部健康推進課に勤務。主任栄養士。

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