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「食べられない」患者さんの摂食条件を整え、望むものを口にできた瞬間が、訪問栄養指導の最大の喜び

トップランナーたちの仕事の中身♯018

江頭文江さん (地域栄養ケアPEACH厚木代表、管理栄養士)

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在宅訪問管理栄養士のトップランナーとして、20年近くのキャリアがある江頭文江さん。病院を退院し自宅で療養している患者さんのための在宅訪問栄養指導の道を切り拓いてきた、江頭さんの訪問栄養指導の様子を取材で同行させていただきました。

 「えがしらさん、こんにちは。きょうもよろしくおねがいします」と音声が流れ、脳血管疾患の後遺症で10年ほど療養中の男性Sさんがにっこりと挨拶をしました。Sさんが江頭さんが来る前に指でデータを入力して音声の準備をして、江頭さんの到着を心待ちにしていたのです。

 江頭さんがSさんの自宅に訪問栄養指導へ行くようになって9年。介護を担う奥様は「脳出血で倒れてから口から食べられなくなってしまったのが、江頭さんのおかげで食べられるようになり、主人のかつての好物を江頭さんに伝えると『今度、試してみましょうか』と提案してくださるんです。主人は食べるのが大好きな人だったので、その食べたい気持ちと私の食べさせたい気持ち、両方を叶えてくれます」と話します。
 この日、江頭さんは自身のオフィスで、コンビニエンスストアで売られているサバの味噌煮のチルドパックの商品とお粥ゼリーをミキサーにかけて攪拌した料理を持参しました。サバの味噌煮だけではボソボソとしてしまいミキサーにかけても攪拌できないため、パッククッキング(※)で作成したお粥ゼリーと混ぜて、嚥下機能が回復途中のSさんが飲み込みやすいように、食形態を調整してきたのです。

※パッククッキング:材料をポリエチレン製の袋に入れて真空状態にし、電気ポットの中で加熱する調理法。災害時にも有効。

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 「江頭さんが、サバの味噌煮を作ってきてくれたんだって!」と奥様が伝えると、Sさんが「う、れ、し、い」と答えました。2年前から少しずつしゃべることもできるようになったそうです。

 とはいえ、すぐには食べさせることはしません。
 食事の前に、江頭さんはまずパルスオキシメーターをSさんの指先にはめて血液中の酸素飽和度をチェックします。気管支や肺に痰がからんでいると呼吸がしづらく、血液中の酸素が少なくなっているためです。Sさんの酸素飽和度が正常値より低かったことから、「お口は開けたままにしてくださいね」と江頭さんは声をかけながら、筋の拘縮があり、硬くなっているSさんの胸や肩の筋肉をマッサージしていきます。「あー」という声とともにガラガラガラと痰がからんでいる音がしています。
 「肺は風船のようなものなので、風船のまわりの筋肉がかたいと、空気が入りにくいのです。筋肉をやわらげて肺に酸素が入るようになると、からんだ痰が出てきやすくなります」

 江頭さんは、短大卒業後に聖隷三方原病院に7年ほど勤務した経験がありますが、その後にフリーランスとなり在宅訪問栄養指導をするようになってから、「病院での管理栄養士の役割は食形態の調整が主だったが、在宅では管理栄養士も生活支援の視点がなければ問題は解決できない」と認識を改め、管理栄養士以外の他職種の研修を受けたり病院の看護部にボランティアとして関わったりして、食事の前後の口腔ケアや食べる際の姿勢、呼吸リハビリテーションなど、在宅で必要な知識と技術を深めていきました。
 「管理栄養士の中には、在宅訪問栄養指導の際に痰がからんでしまったりムセてしまったりすると怖いと感じる人は少なくありません。でも、それはご本人に痰を出す力、体力がある証拠。吸引機で吸い取ってしまうのは簡単ですが、呼吸リハビリテーションをしてご本人の力を使って痰を上げられるようにするのも私たちの役目です。特にSさんは50代とまだ若く、体力も免疫力も残っています。ご自身の力があるからこそ、これまでの自宅療養中に誤嚥性肺炎にかかったことがないのです」

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 「じゃあ、次はベロですね」とSさんに声をかけて、江頭さんは自分の口から舌を出したり、口の中で舌を大きく回す様子を見せて、Sさんと一緒に口や舌、頬を動かしていきます。口角が下がっていると咽頭部にも力が入らないことから、口角がニコッと上がることを確認します。頭の位置や座り方を再度確認していると、「カーカー、カラカラカラ」という大きな音とともにSさんの口から痰が出てきました。
 「出せましたね! サチュレーション(酸素飽和度)も98になりました。痰がいなくなったからね」と江頭さん。食べる態勢が整いました。

 奥様が用意したじゃがいもとにんじんと玉ねぎの煮物、お粥、コーヒーゼリーと、江頭さんが持参したサバの味噌煮を順々に、奥様が食事介助をしながらSさんが食べていきます。一口飲み込むごとに、江頭さんはSさんに「あー」という声を出してもらい、咽頭残留がないか、誤嚥をしていないか確認します。うまく飲み込めないときもありますが、江頭さんも奥様も動揺することなく、しっかり吐き出させて次の一口に進んでいきます。

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 「長期目標は、お寿司だもんね」とSさんに声をかける奥様。「頑張りましょうね」と江頭さん。Sさんの食べる様子を見ながら、今日の様子を記録して主治医に報告する準備もしておきます。

 現在、多い日には1日6~7件の家庭をまわり、50人ほどの在宅療養者の訪問栄養指導にかかわっている江頭さん。対象者の多くは高齢者で、約8割の利用者がSさんのように摂食嚥下障害を抱えています。訪問の際は、上はポロシャツ、下は動きやすいパンツスタイルに、厚手のスポーツ用ソックス、脱ぎ履きしやすいシューズと決めています。
 「訪問栄養指導を始めた頃は、ナース服に近いような格好で出かけていました。ホームヘルパーさんと間違われたくなくて。当時は自分に自信がなかったのでしょうね。あるとき、身構えることなくポロシャツで大丈夫だと気づき、それ以来このスタイルです。靴下は感染を防ぐために厚手にしています」

訪問栄養指導だけにとどまらない

 江頭文江さんと聞けば、管理栄養士・栄養士の間では「在宅訪問栄養指導」、「摂食嚥下リハビリテーション」が専門と思い浮かべる人が多いでしょう。江頭さんは在宅の領域に限らず、保育園や高齢者施設、福祉施設などでアドバイザーとしての役割も担っています。
 地域栄養ケアPEACH厚木の拠点、神奈川県厚木市にある社会福祉法人敬和会の通所介護事業所えまーぶるには10年以上前の立ち上げの段階からかかわっており、提供する食事内容のアドバイスのほか、昼食時には利用者さんと並んで食事をして、食後の口腔ケアの際には江頭さんも洗面所に立って歯磨きやうがいの指導や援助をしています。

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 江頭さんの姿を見つけ、「お久しぶりの先生がいらっしゃるわね」と声をかける利用者さんもいるほど、月1回の訪問であっても親しみを持たれています。厚木市内、神奈川県内のみならず、遠くは茨城県内の福祉施設にもアドバイザーとして定期的に訪問しています。
 「地域包括ケアと盛んに言われていますが、管理栄養士・栄養士は自分の地域で子どもにも高齢者にももっと関わり、もっとつながっていく必要があります。私自身、これまでに出会った多くの利用者さんが、いろいろな場面で私を悩ませ、そのたびにスキルアップをさせてくれました。在宅でも、どこの事業所でも、受け入れてもらえる人間力があってこそ、管理栄養士・栄養士の専門性は活かせるものですね」

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プロフィール:
平成4(1992)年、静岡県立大学短期大学部食物栄養学科卒業。卒業後、聖隷三方原病院に勤務し、嚥下調整食の研究や摂食嚥下障害者への栄養管理に着手する。平成12(2000)年に地域栄養ケア団体「ピーチ・サポート」(現・地域栄養ケアPEACH厚木)を設立、神奈川県厚木市を拠点として訪問栄養指導を中心に活動。平成29(2017)年、本年度「84 Selection 2017(栄養セレクション)日本栄養士会会長賞」を受賞。

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