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地元・東松島市の市民4万人の復興を
食の面から支える行政管理栄養士

トップランナーたちの仕事の中身♯027

土井しのぶさん(東松島市保健福祉部健康推進課健康増進班技術主任兼管理栄養士

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 平成30(2018)年6月18日に起きた大阪北部での地震(最大震度6弱)に続き、7月上旬には西日本を中心に豪雨災害が起こり、日本国内では自然災害への危機意識が高まっています。被害に遭われた方はもちろんのこと、テレビのニュース番組等で災害現場の映像を目にした人たちも、自然災害の脅威とともに自らが被災した場合の生活に不安を感じる人は少なくないはずです。 防災には自分や家族の命を自分たちで事前に備えて守る「自助」、小さな地域単位で助け合う「共助」、そして市町村の役所・役場や消防署、警察署、自衛隊等が公的に取り組む「公助」があり、3つが揃ってこそ災害の被害を減らすことができると考えられています。

 市役所に勤める管理栄養士・栄養士の役割は、まさに公助に当たります。宮城県東松島市は、平成23(2011)年3月11日に起きた東日本大震災で甚大な被害を受けました。津波により住宅地の65%が浸水し、1,300戸もの家が流出。市街地の面積に対する市街地の浸水率は全国で最もひどい状況で、1000人以上もの市民が亡くなりました。
 土井さんが働く東松島市矢本保健相談センターは津波による浸水をぎりぎり免れた地域でしたが、一時的に避難所となり、多くの市民が身を寄せてきました。勤務中だった土井さんは津波をかぶり低体温症の危険がある人たちの体の泥を拭くために断水の中、降り積もった雪をストーブで溶かして湯を作り、タオルで泥を落とす――といった手当てに追われたと、その日を振り返ります。

 実は、東松島市は平成15(2003)年にも宮城県北部の連続地震(本震震度6強、前震と余震で震度6弱を記録)の被害を受け、当時も断水等の影響がありました。そのため、土井さんは被災された市民に対しての活動はすでに経験していました。しかし、東日本大震災では、想定を上回る被災状況でした。
 マニュアルでは、市役所に勤務する管理栄養士は保健師らとともに被災後すぐに避難所をまわり、病気を患っている市民や高齢者、乳幼児たちなど届けられる支援物資ではうまく食事ができない人を探し出し、適切な食事ができるように調整するといった業務に取り掛かるはずでした。しかし、東日本大震災では、水や食料だけでなくガソリンも不足したことから、市の食料配給担当が車で食料を各地に調達に行くことも、避難所に食料を配って回ることも容易ではありませんでした。このような状況下で管理栄養士の無力さを感じてしまったと言います。

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 しかし、震災翌日の3月12日から情報収集や、臨時福祉避難所の避難者へ食事提供などは開始されていました。さらにミルク、哺乳瓶、ベビーフード、食物アレルギー食、栄養補助食品など、食に配慮が必要な方に向けた食料確保も。それは、過去の経験があったからこその迅速さでした。そして10日ほど経過した3月22日には本格的に動き出します。 

 避難所での食環境や市民の栄養摂取状況の調査、体調に心配がみられる人たちへの栄養指導をスタートさせました。 テレビの報道等では、おにぎりやパンの配布、または炊き出しによって避難所では十分な食事が提供されているように見えることもあります。しかし、土井さんたちの調査によって、震災後1~2カ月は、市民の摂取エネルギー量や栄養素が不足していると分かり、朝食に弁当の配給を実施しました。また6月の調査では、脂質の摂取量が増加していることが分かったため、提供する食事の内容を変更。ビタミン類も不足していると分かったため、自衛隊の炊き出しの際に、ご飯にビタミン強化米を使用したり、野菜ジュースの配給を増やしたりしました。長期に及ぶ避難生活でも適切な栄養が十分に摂取できるようにと、必要な人への栄養相談等、栄養支援を行いました。

 「避難生活での栄養相談でもっとも多かった相談内容が、高血圧でした。高コレステロールや便秘などに悩む方も多く、野菜の摂取不足や欠食していることが原因と考えられました。そこで、支給されるお弁当を温かい状態で食べられるように、容器を電子レンジが利用できるものに変えてもらいました。また、市民の皆さんには自宅とは異なる電子レンジの使い方を教えたり、濃い味の惣菜やカップ麺に頼りすぎずに簡単な調理でおいしく食べられる方法を紹介したりと、各地の避難所や公民館を回る日々でした。」
 7年が経過した現在でも、土井さんは被災した市民が移り住んだ公営住宅を訪れ、栄養支援を続けています。「公助」は、被災直後だけでなく継続して取り組まれているのです。

東松島市の魅力を発信して人口減少に歯止めをかけたい

 同僚や後輩たちは、土井さんを「新しいものを取り入れるのが上手で、アイデアを企画して実行にまで移すスピードが速い」と評します。
 震災の影響かは明らかではありませんが、東松島市を含む宮城県石巻圏内は、メタボリックシンドロームの該当者とその予備群の割合が男女ともに国内でも非常に高いという統計結果があります。そこで、土井さんを筆頭とする東松島市の管理栄養士たちは、地元産の野菜や海産物を使った低エネルギーで塩分控えめな料理を考え、紹介しています。ここまでは市町村の管理栄養士・栄養士の業務としてよく見られる内容なのですが、東松島市では手作り料理を投稿する人気のWEBサイト「クックパッド」内に民間の力を借りて「東松島食べる通信のキッチン」という公式ページを設け、そこに料理を投稿しているのです。

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 料理の撮影も本格的で、年4回発行されている「東松島食べる通信」の編集長でカメラマンの太田将司さんに自分たちが作った料理を撮影してもらい、料理の出来上がりの状態だけでなく、調理工程のポイントも掲載。「東松島市に生まれた子どもたちが初めて食べるものは東松島産のものを!」という思いを込めて、離乳食のレシピも紹介しています。
 また、石巻専修大学の舛井道晴准教授とともに、管理栄養士が考えた食育テストや地元中学校の美術部員がイラストを描いた食事マナークイズなどが体験できるスマートフォン用のアプリを開発中。このアプリには健康づくりや子育て支援のプログラムも組み込み、子どもも大人も市民が遊びながら食や健康の大切さを学べる内容にする予定です。

 土井さんがインターネットを活用した食育啓発事業に力を入れるのは、若い世代にも農産物や海産物の特産品があふれる東松島市の魅力を知ってもらい、健康で長く住み続けてほしいから。東日本大震災前は4万3000人いた人口は、震災後には4万人程度に落ち込み回復の兆しが見えていない現状もあり、以前のような賑わいも感じられないことも。人の賑わいを、そして元気な東松島市を取り戻したいという願いがあります。

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 健康推進課の大崎昌宏課長は、「健康推進課から異動することのない管理栄養士は、市民の健康を一番よく分かっていると言えます。今年度は市民の野菜の摂取量を増やす新しい取り組みとイベントをスタートさせ、そのPRにも熱心な管理栄養士メンバーを率いている土井さんは、市民の健康づくりの中心的な存在ですね」と期待を寄せています。

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プロフィール:
宮城学院女子短期大学家政科食物専攻卒業後、平成8(1996)年旧矢本町役場に入庁。2年間の実務経験を経て平成10(1998)年に管理栄養士資格を取得。平成17(2005)年の市町村合併により東松島市職員に。平成23(2011)年より技術主任となる。「SNSを活用した食育啓発活動」に力を入れており、平成30(2018)年1月には(公社)日本栄養士会公衆衛生事業部全国新任者研修会で事例発表をした。

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