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子どもたちが本物を知り、体験し、考えるために。年齢に合わせた保育所での食育

トップランナーたちの仕事の中身♯037

佐藤愛さん(社会福祉法人協愛福祉会ひなたの風保育園,管理栄養士)

 認可保育所に入りたくても定員オーバーで入所できない、いわゆる待機児童問題は、国会でも盛んに議論され、日常的にニュースに取り上げられています。東京をはじめ全国の都市部では、その喫緊のニーズに応えてさまざまな保育所が新規に設立されています。

 九州最大の都市、福岡市の中心部から地下鉄で10分ほどの住宅地にも、2019年4月に新しく認可保育所がオープンしました。ひなたの風保育園です。
 "ひなた"とは、日向のこと。宮崎県はかつて日向国(ひゅうがのくに)と呼ばれた地方で、ひなたの風保育園は宮崎県が本部の(福)協愛福祉会が運営しています。ひなたの風保育園で子どもたちの給食づくりや食育を担う管理栄養士の佐藤愛さんも、宮崎県出身。前年度まで、宮崎市内にある中央ヴィラこども園で8年間、管理栄養士として働いてきました。

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 佐藤さんがかつて働いていた宮崎市のこども園と、ひなたの風保育園では大きな違いがあります。それは、広い園庭がないこと。都市部の保育所では、国の基準である「園児1人当たり3.3平方メートル以上の園庭があること」という条件を満たすことが難しく、近くの公園や広場を代替とすることで園庭の代わりにしています。ひなたの風保育園の子どもたちも、園庭代わりの屋上と、近所の公園で思いっきり遊んでいます。

 「宮崎市のこども園では、園庭にある畑で、イチゴやミニトマト、なすなどの野菜を子どもたちと育てて、一緒に調理をして食べるという"クッキング"という食育の時間を設けていました」と、佐藤さん。育てた野菜には、オクラやピーマン、サニーレタスなど、一般的に子どもたちが苦手とするような野菜もありました。そこで、佐藤さんは野菜が収穫できる時期になると、子どもたちに「クッキングではどんな料理を作りたい?」と質問することで、たとえばサニーレタスは「ホットドッグがいい!」や「レタス巻き(宮崎県発祥の巻き寿司)にしたい~!」などのリクエストを聞き出し、子どもたちと共に調理を楽しみ、子どもたちが残さずに食べられる工夫をしてきました。
 しかし、現在勤めるひなたの風保育園では、畑で野菜を育てることから始める食育ができません。そこで、保育士とともに考えたのが、商店街へのお買い物です。

 現在、ひなたの風保育園は、年長(5歳児)はおらず、年中6人、年少14人、2歳児10人、1歳児10人、0歳児8人の合計48人の子どもたちが通っています。
 5月中旬のある日、一番上の学年の年中みちしお組6人は、おやつの時間に食べるサンドイッチにはさむイチゴジャム用のイチゴを買いに、八百屋さんへ行くことに。お散歩で近所の公園まで歩いて行くことはあっても、お買い物は初めて。先頭にみちしお組担任で保育士の藤崎由子先生、続いて子どもたちが2人ずつ手をつないで6人、最後尾に佐藤さんが付いて、出発です。
 歩道を進んでいくと、屋上の園庭から、年少きらぼし組の子どもたちが「いってらっしゃーい!」と大きな声で手を振ってくれています。年中みちしお組のみんなは誇らしげに「行ってきまーす」と、元気よく手を振り返しました。藤崎先生と佐藤さんは往来する歩行者や自転車等の安全に気をつけながら、子どもたちを連れて進みます。15分ほどで、商店街にある坂下青果に到着しました。

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 子どもたちは「おはようございます!」と店主の坂下さんにあいさつをすると、「イチゴください―!」と元気な声で注文しました。「お買い物をするときには、お店の人に何を渡す?」と藤崎先生が質問をすると、「おかねー!」と子どもたち。佐藤さんは、子どもたち1人ひとりが袋を持って帰れるように坂下さんに依頼をし、坂下さんは子どもたちに袋を渡しながら、「振り回したりしたら、イチゴがつぶれてしまっておいしくなくなるからね。ゆっくり、そーっと持って帰ってね」とアドバイス。子どもたちは「はーい!」と大きな声で返事をして、うれしそうに袋を受け取りました。
 「ジャムを作るなら、絶対にレモンを入れてね。私もよう作りよるから。レモンの量でおいしさが決まるからね」と坂下さんが言うと、「えー、レモン、酸っぱくなる~!」と子どもたちはびっくりした様子。教えてもらえるひとつひとつのことに子どもたちは関心を示しながら、八百屋さんとの会話を楽しんでいました

 「来てくれてありがとうね。おいしいジャムを作ってね!」と応援してくれた坂下青果を後にして、帰り道。保育園が近づいてくると、今度は「お買い物、ありがとうねぇ~!」と、0歳児を抱っこした先生たちが屋上から呼びかけてくれています。みちしお組のみんなは「ただいまー!」、「買ってきたよ~!」と自信に満ちた笑顔で答えました。
 ひなたの風保育園の横山和明園長は、「宮崎のときのように畑を利用した食育は難しいのですが、広い園庭がないからこそ、商店街をはじめとした外での"食"の経験が増やせると思います。子どもたちが本物を知って、体験し、考える機会ができれば、それも食育になります」と話します。子どもたちは、横山園長の言葉どおり、買い物を任されたこと、お店の人との会話、イチゴを大切に持って帰ること等から、驚きや発見、新しい知識、適切な行動を学んでいます。

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 佐藤さんは、保育園に戻るとすぐに、イチゴジャム作りの準備を始めました。買い物を任された年中みちしお組に代わって、ジャム作りは年少きらぼし組が担当します。きらぼし組は人数が14人と多いので、ジャムを作るチームと、できあがったジャムをパンに塗るチームに分けました。

 ジャムを作るチームの子どもたちは、まずイチゴのヘタを取るところから。佐藤さんは、「イチゴを触ってみると、どんな感じがする?」と尋ねます。「いいにおいがするー」、「つるつる!」。いろいろな声が飛び交います。ヘタを取ったイチゴは酸性水で洗い、ポリ袋に入れて口を固く結び、子どもたち一人ひとりに渡します。佐藤さんが「袋を破かんように、イチゴをつぶしていきましょう」と教えると、手のひら全体を使ってわしづかみでギュギュッと潰す子もいれば、親指と人差し指で慎重にちょっとずつ潰していく子もいます。佐藤さんは、クッキングの時間で子どもたちそれぞれの個性に触れられることが楽しいと言います。

 「今日、みちしお組さんとイチゴを買いに行ったら、八百屋さんにこれを入れたら、ジャムがおいしくなるって言われたよ。何かわかる?」と、佐藤さんはレモンを見せながら子どもたちに聞きました。上の学年の買い物の様子を伝えることで、下の学年の子どもたちは「いつか自分も八百屋さんに行きたい!」という憧れを抱いて成長していきます。

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 ジャムを煮詰める作業は、途中までは教室で、残りは厨房で佐藤さんが仕上げました。
 できあがったイチゴジャムのサンドイッチは、15時のおやつの時間に食べました。年中組と年少組のみんなで、買い物、調理の一部、盛り付けまでを担当したおやつ。「ジャムがとろとろ~!」、「おいしーっ!」。昼ご飯の給食をしっかり食べたあとなのに、3つ(6枚切り1.5枚分)も食べた子もいました。

 開園したばかりの4月当初は、新しい環境や、初めての先生、友達に不安を感じた子どもたちが何人もいて、給食は鍋半分くらいの量が残っていたといいます。しかし、クッキングの時間に子どもたちにピーマンのタネ取りを体験させたり、近所の魚屋さんで見学をさせてもらったり、料理に入っている食材の説明をしたりすることで、子どもたちの食への関心を高め、今では、給食の残菜は全クラス合わせても片手にちょこんと乗る程度にまで減りました。
 「保育士の先生たちと協力して、子どもたちに食にまつわるたくさんの体験を増やせたらと思っています」と佐藤さんは話し、都市型保育所だからこそできる新しい食育に意気込んでいます。

プロフィール:
宮崎県出身。2012年、南九州大学健康栄養学部管理栄養学科卒業。同年、管理栄養士資格取得。宮崎市内にある中央ヴィラこども園に就職し、給食管理、栄養管理、衛生管理等の業務と並行して畑で園児たちと野菜を育てて食べる食育を担当。2019年、新規保育所開設に伴い、福岡市のひなたの風保育園に異動。

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