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コロナ禍、災害、再入所...どんなときでも、安心で楽しみのある「生活の場」を提供する

トップランナーたちの仕事の中身♯048

月井英美さん(社会福祉法人六高台福祉会高齢者総合ケアセンター松寿園)

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 千葉県松戸市にある高齢者総合ケアセンター松寿園では、月に2回「居酒屋」が開店します。入居している高齢者がお酒を楽しめる場があるのです。「老人ホームで、居酒屋?」と、驚く人は少なくないでしょう。しかし、管理栄養士の視点から見ると、この居酒屋は貴重な情報収集の時間となっているようです。
 松寿園に務めて9年目となる管理栄養士、月井英美さんはこの居酒屋の主催者の1人です。高齢者施設の管理栄養士の主な仕事は、入居している高齢者(松寿園では、ゲストと呼んでいます)の栄養ケア・マネジメント、給食管理などで、管理栄養士は栄養ケア・マネジメントによってゲストの健康管理を任されており、提供している1日3食の食事がどれくらい摂取されているか、水分の摂取量はどの程度かを日々把握して、ゲストの体重やふくらはぎなどの周囲長の変化を継続的にみながら、筋肉量が減っていないか、体力が落ちていないかを確認し、看護師や介護職員と連携しながら、その方にとって適切な食事(食形態)を個別対応して提供していきます。月井さんは施設で暮らすゲストのうち、60名の栄養ケア・マネジメントを担当しています。
 松寿園の「居酒屋」では、通常提供している夕食にプラスして、揚げたての天ぷら、ちらし寿司、デザートを付け、ゲストがビールや日本酒、焼酎、ノンアルコールビールやジュースなどを自由に飲めるようにしています。さらには、ゲストがカラオケも楽しめるように準備しています。職員がカラオケを歌うこともあり、職員の意外な一面を垣間見るのはゲストにとっても楽しい時間となるようです。
 「高齢者施設は『生活の場』なので、普段とは違う環境に身を置いてもらうことも必要です。いろいろな楽しみがあるほうが、生活にもハリが出るのは若い人たちと同じです」と、月井さんは話します。月井さんは居酒屋の場面でも、ゲストとともにその雰囲気を笑顔で楽しむ一方で、ゲストの食事の摂取量がどう変化しているかをチェックし、ゲストがカラオケを歌ったり歓談をしたりしているときの声の張り具合や表情などから体調のよさを把握しています。また、このようなイベントだといつも以上に食べられるようになるゲストもいるといいます。そのようなゲストの様子を他職種に報告し、その後の日常の健康管理に活かしているのです。
 松寿園では、居酒屋だけでなく、ラーメン屋も登場します。フロアには「うまっ!ラーメン」と書かれた赤いのぼりも立ちます。市内にあるラーメン屋の店主が出張してくれて、高齢者でも食べやすいように麺をやわらかめに仕上げてくれるのです。噛む力や飲み込み機能が衰えているゲストには、フロアで麺を短くしたり、とろみをつけたりして対応しています。
 「事前に、明日はラーメン屋さんが来ますよ、来週は出前を頼める日ですよ、と必ずアナウンスをするようにしています。声かけをしておくことで、ゲストの皆さんは気持ちにスイッチが入り、元気でいようと思ってくれるようです」
 コロナ禍では、ボランティアに来てもらうことができなくなったため、歌や生け花などのイベントは中止せざるを得ません。また、ゲスト自身の外出も控えている状況です。このような中、松寿園では管理栄養士主催で企画する居酒屋やラーメン屋、季節の行事食などが生活の場でのかけがえのない楽しみとなっています。

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高齢者施設の管理栄養士が病院へ赴く

 月井さんに、高齢者の栄養ケア・マネジメントの意義を最初に教えてくれたのは、祖母でした。月井さんが大学生の頃、呼吸器を患って自宅で寝たきりになりがちだった祖母が、デイサービスに通うようになってから元気を取り戻していく姿を目の当たりにしました。そして、その現場には管理栄養士がいて、日々の体調や体重の管理をしてくれていることを祖母が教えてくれたのです。

 栄養ケア・マネジメントの質を高めるため、月井さんは臨床の知識を身につけるべく、常に学びに勤しんでいます。コロナ禍の今は、公益社団法人日本栄養士会の研修会をはじめ各種セミナーなどがオンラインで開催されるようになり、「学ぶ機会が以前より増えた」と感じているそうです。
 学び、実践したことを発表するのも、月井さんは好きだと言います。2019年の全国栄養士大会では示説発表に挑戦しました。演題は、「医療機関と介護施設の栄養に関する連携事例〜再入所時栄養連携加算〜」。この発表では、ポスター賞を受賞しました。
 再入所時栄養連携加算は、前回(2018年)の介護報酬改定で新しく作られた加算で、簡単に言えば医療施設と介護施設の間で管理栄養士が栄養管理をうまく引き継ぎできたときに評価されるものです。高齢者施設では入所者が日々を穏やかに過ごしていますが、体調が急変したりケガをしたりして医療機関に入院することがあります。その入所者が、医療機関を退院して施設に再入所する際に、栄養状態や摂食・嚥下機能の状態が入院前とは大きく異なる場合に、施設の管理栄養士が医療機関に赴いて、医療機関の管理栄養士と連携し、再入所後の栄養管理に関する調整を行うことで単位が与えられます(400単位/回)。
 月井さんは、これまで9人のゲストに再入所時の栄養連携を実施しました。ゲストが医療機関からまもなく退院するという連絡を受けると、食事の内容(食形態や栄養補助食品の必要性など)が入院前とどれだけ異なるかを把握します。入院前の施設での食事内容と大して変わらない場合には、この加算を算定することはできませんが、以前と同様の生活を続けられるよう受け入れる体制を整えます。
 一方、食事内容が大きく異なるようであれば、介護支援専門員をとおして入院先の病院に出向きます。病院の管理栄養士、看護師、家族で集まるカンファレンスの場に同席させてもらうためです。そこで、再入所後に提供する食事内容をどうすべきか、栄養ケア・マネジメントをしていくうえで大事な点を病院の管理栄養士から引き継ぎ、検討します。また、病院に赴いた際には、病室にも立ち会うようにして、ゲストが病院でどのように過ごしているのかを自身の目で確認し、再入所したときに居心地よく過ごしてもらうにはどのような準備をすればよいかを考えます。
「病院の管理栄養士さんと直接お話できることはもちろんのこと、病院で自分の目で見て感じたことも貴重な情報です」と、月井さんはその情報を漏れなく施設に持ち帰り、他職種に共有しています。

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臨地実習中に東日本大震災を経験

 近年は、日本各地で地震や豪雨災害などが頻発しており、人々の給食と栄養管理を任されている管理栄養士・栄養士は災害に備えて何をどれだけどのように備蓄しておくかは、以前に増して重要な課題となっています。とりわけ1日3食を提供している病院や高齢者施設、福祉施設の管理栄養士・栄養士はなおさらです。
 月井さんには貴重な体験があります。2011年3月に発生した東日本大震災のとき、月井さんは管理栄養士養成校の臨地実習中で茨城県つくば市にある病院の厨房にいたのです。現地は震度6弱でした。
 「実習は急きょ中止になりましたが、倉庫から備蓄品を出したり、入手できるもので3食の献立を作り直したり、キビキビと働く病院の管理栄養士の方達の姿は目に焼き付いています」
 その経験もあって、災害時でも地元で家から歩いてでも通える松寿園に就職をした月井さん。松寿園では防災委員会に入り、「ローリングストック」という方法で備蓄をしています。これは、完全調理品を備蓄しながら日常的に使用していく方法です。この災害備蓄用の食事を、例えば管理栄養士が不在の朝などに、宿直担当の介護職員でも朝食として出せるようにしておき、「ゲストにも日頃から食べ慣れてもらうようにしている」といいます。
 月井さんが働く場所として地元の松戸市を選んだことには、もう1つ理由があります。生まれ育ったこの地域が大好きだからです。高校生から始めて現在も続けている「なぎなた」では、松戸市代表、千葉県代表となってインターハイや国体で活躍した経験があります。なぎなたでの活動を応援してくれた松戸に恩返しがしたいという気持ちから、地域への貢献の視点も忘れることはありません。
 災害やコロナ禍という非日常の場面でも、病院を退院したばかりで緊張感のある場面でも、ゲストにはいつでも穏やかで笑顔の日常を過ごしてほしいという思いが、月井さんをはじめ松寿園の職員にはあふれています。

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プロフィール:
2012年人間総合科学大学人間科学部健康栄養学科卒業。同年、管理栄養士国家資格取得。半年間、祖母の介護を経験した後に、社会福祉法人六高台福祉会高齢者総合ケアセンター松寿園へ入職。2019年度全国栄養士大会にて発表した演題「医療機関と介護施設の栄養に関する連携事例~再入所時栄養連携加算~」がポスター賞を受賞。

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