コンテストを活用して学生の自主性を引き出し、現代の郷土料理を発信
2025/02/03
トップランナーたちの仕事の中身#100
田中景子さん(秋田栄養短期大学、管理栄養士)
他県で暮らした経験から、地元秋田県の食文化と郷土料理のすばらしさを再認識したという田中景子さん。レシピコンテストや企業コラボを授業に取り入れるねらいや教育的な効果について伺いました。
助手時代に培った学びを財産に
管理栄養士の田中景子さんは、現在、出身地である秋田県にある、秋田栄養短期大学(以下、秋田栄養短大)で栄養士養成課程の学生に向けて調理学の指導にあたっています。前職は、進学先である桐生短期大学(現 桐生大学短期大学部、以下、桐生短大)に卒業とともに実験実習助手として就職し、勤務しながら管理栄養士資格を取得しました。「桐生短大では食品学、衛生学の実験助手として教員、同僚、学生たちと研究・実験を行いました。管理栄養士国家試験の準備もあり忙しかったですが、研究とは結果だけでなく、その過程に意味や面白さがあることを知った日々でした」
実験助手を5年務めた後、調理学の助手に異動となりました。「突然のことで驚きましたが『実験とはまた違った学びがあるはず』と前向きに捉えました。調理学に携わるのは学生時代の授業以来でしたが、教員ごとに異なる授業内容、学生へのアプローチの方法を身近で学ぶことができたことが現在の大きな財産となっています」
こうしてキャリアを重ねる中、研究教育の道を究めたいという思いが強くなり、田中さんは放送大学、放送大学大学院に進学・修了しました。
再認識した秋田の食文化を発信したい
桐生短大で調理学の助教となった後、田中さんは現職の秋田栄養短大に転職しました。現在は講師として1年生の調理学、調理学実習、栄養情報処理演習の他、少人数制の1年生の基礎演習Ⅱ、2年生のゼミナールを担当しています。
「今の学生はこどもの頃から料理は本や雑誌ではなく動画を見て育っています。調理実習ではレシピは渡しますが、まずは私がデモ調理をして見せて『同じようにやってみましょう』というスタイルで進めています」
秋田栄養短大は少人数制のグループ学習に力を入れており、基礎演習Ⅱとゼミナールがそれに当たります。ゼミナールは学生が研究、発表、討論を行う形式の授業で、担当教員のマンツーマンに近いきめ細かい指導のもとで、学生自らが問題を発見し、解決する力を身に付けることを目標としています。学生の希望によって所属を決めており、田中さんのゼミナールは例年5~10人の学生が集まるといいます。
「私のゼミナールの大きなテーマは、秋田県の郷土料理です。長く秋田県外で暮らしたことで、秋田県の食文化の豊かさを再発見しました。一方で栄養的な問題もあります。3年前、当校の臨床栄養学、栄養学の教諭と私の3人で、秋田県内のスーパーマーケットで販売している弁当の栄養に関する研究を行ったところ、野菜は不足し、食塩・脂質が多いという結果でした」
弁当の調査を行った直後、地元でスーパーマーケットをチェーン展開している食品企業から健康に配慮した弁当を共同開発したいという話が舞い込みました。
「ゼミナールは、郷土料理のプラス面、マイナス面を含めて栄養士を目指す学生ならではの視点を持って、秋田県の郷土料理を広く発信していくことを目的としています。弁当の共同開発はぜひ学生と取り組みたいと考え、基礎演習Ⅱの課題として開発をスタートさせました。指標とする栄養基準は、県民の健康問題に寄り添うことを第一とし、秋田県が策定している『秋田スタイル健康な
食事』に沿うことにしました」
6カ月間をかけて学生によるメニュー提案、大量調理で再現性の高いレシピの作成、スーパーマーケットとのコスト等の調整を行い、10種類の弁当が開発され、店頭で販売されると健康的でおいしいと評判を呼びました。
「翌年も開発依頼があり、新たに6種類の弁当を開発しました。さらにスーパーマーケットの担当者から、プロ向けの商品コンテストである『惣菜・べんとうグランプリ』に応募してはと声掛けいただきました。そこで、初年度に開発した『彩りもりもりビビンバ丼!』を「健康な食事・食環境」認証制度(一般社団法人健康な食事・食環境コンソーシアム)のスマートミールの基準に合ったレシピに変更して応募したところ、ヘルシー部門で最高金賞を受賞しました。学生は夏休みを返上して頑張っていましたので喜びもひとしおの様子でした」
郷土料理がテーマのコンテストに参加
田中さんは、ゼミナールでは知識を得るだけでなく、「学生が自信の力で形に残るものを作り、達成感や仲間との思い出を増やす場でもあってほしい」と考えています。そこで取り入れているのが郷土料理をテーマにしたレシピコンテストへの参加です。
「4年前から毎年、『ご当地タニタごはんコンテスト』(以下、タニタごはんコンテスト)、『うま味調味料活用! 郷土料理コンテスト』(以下、郷土料理コンテスト)に応募しており、『タニタごはんコンテスト』は4年連続で全国大会に出場し、『郷土料理コンテスト』では、一昨年は馬肉を煮込んだ『馬かやき』が『アレンジ賞』、昨年は『サメの納豆汁』が『郷土愛賞』を受賞しました」
コンテスト準備は、学生が春の大型連休に地元に帰省した際、親戚や祖父母からよく食べていた郷土料理を聞き取ることから本格始動する。休み明けにそれらを持ち寄って料理の由来や作り方を調べますが、学生自身はオリジナルの味を知らないことが多いため、試作して味を確かめます。そこから審査基準となる現代でも作りやすいアレンジや減塩の仕方を考えていきます。
「『サメの納豆汁』は、郷土料理の『納豆汁』をアレンジしたものです。オリジナルは塩漬けした山菜を使うこともあり1杯の食塩摂取量が3g以上と高いことが分かりました。ディスカッションを重ね、調理学で学んだ減塩方法を生かして『うま味を効かせる』、『食材の持ち味を最大限引き出す』といった工夫をしました。また、すり鉢がなくても作れるようにしたいという意見から、秋田県内の納豆店で販売している粉末納豆を使ってみたところ、加熱しても納豆の匂いがほとんどなく、密閉性の高いマンションでも作りやすい現代にマッチした郷土料理になったと思います。さらに、一部の地域ではサメを具材にしていた文献を見つけたことから、県内では入手しやすいサメを具材にし、手軽に植物性と動物性のたんぱく質が摂れる1杯にアレンジしました」
自主性とコミュニケーション力の育成に注力
応募レシピが完成するまで学生は「アイデアが出ない」、「試作がうまくいかない」等、何度も壁にぶつかるという。田中さんは「他の授業では、教員が考えたレシピを作ることがほとんどです。ゼミナールでの様子を見ると、学生一人ひとりに個性があり、柔軟な発想にハッとさせられます。コンテストに関しては最後段階では修正点等を指摘しますが、基本的に『自分で考えなさい』というスタンスです。コンテストを通じて学生の考える力が育っていくのを実感します」といいます。
田中さんがもう一つ重視しているのが、コミュニケーション力を伸ばすことです。「中学・高校をコロナ禍で過ごした学生は、人とのコミュニケーションが苦手な傾向があります。栄養士の仕事は人との対話が必要ですし、これからは多職種との連携が重要です。私が受け持つ調理実習やゼミナールではグループワークを重視して、学生同士がコミュニケーションを取りながら協働できるようにしています。また、郷土料理を調査していると、伝える人が減っていることに危機感を感じます。今後も企業とのコラボやコンテストを通じて、全国に秋田県の郷土料理や食文化の豊かさを伝えること、健康的なレシピを広めることで秋田県に貢献していきたいと思います」
プロフィール:
2004年桐生短期大学(現 桐生大学短期大学部)生活科学科、2016年放送大学大学院文化科学研究科文化科学専攻修士課程修了。桐生短期大学勤務を経て、2020年から現職。秋田県栄養士会所属。